令和5年度標準管理委託契約書及び令和6年度標準管理規約の改正 ~認知症等の兆候に気付いた際の対応について~

マンションの法制度
令和5年度標準管理委託契約書及び令和6年度標準管理規約の改正 ~認知症等の兆候に気付いた際の対応について~

 日本では、超高齢社会を背景として、地域における共生社会の実現が目標となっている。
 本稿では、まず、2023年の標準管理委託契約書の改正時に盛り込まれた「管理員等が居住者の認知症等に気付いた際の対応」について、検討会での議論と改正コメントを説明する。次に、改正作業が進んでいる標準管理規約の改正案の内容について確認し、最後に、標準管理委託契約書と標準管理規約のさらなる改正私案について示したいと思う。

1.マンション標準管理委託契約書の改正

(1)マンション標準管理委託契約書見直し検討会での議論

 令和4年12月にマンション標準管理委託契約書見直し検討会(座長 鎌野邦樹 早稲田大学教授。以下「検討会」とする。)が設置された。検討会では、「前回の平成30年改訂以降のマンション管理業を取り巻く環境の変化や業界からの要望を踏まえ、様々な事項について検討を行い、令和5年夏頃までに見直しを行う」ことが目的とされた。
 
 検討事項としては、以下があげられた。

 ①マンション管理に関する制度改正や改正民法(令和2年施行)の反映
 ②書面の電子化及びIT総会・理事会等DXへの対応
 ③働き方改革に関する対応(カスタマーハラスメント、管理員・清掃員の休暇取得等)
 ④マンション管理業の事業環境の変化(居住者の高齢化、感染症のまん延等)への対応
 ⑤出納業務を取り巻く環境の変化(インターネットバンキング等の活用、現場現金着服事案)への対応
 ⑥従前からの課題(管理業務の範囲、専有部分への入室拒否等)への対応

 この中の「④」については、居住者の高齢化と高経年マンションの増加を背景とし、認知症有病者の増加や居住者の孤立死などの異変も生じていることが背景として説明された。なお、第1回の検討会(令和4年12月27日開催)では、当研究所のレポートである「マンションにおける孤立死の対応事例 ~管理員、フロント社員1,700人アンケート~」が引用された※1。アンケートによると、孤立死の異変に気付くのは管理員であることが多く、全体の4割を占めることも説明された。なお、当該アンケートは孤立死全体を調査したものではなく、管理員に対するアンケート調査であることから、管理員が多い傾向になることはあるにしても、居住者の異変に気付きやすい業務であることは確かだろう。
 
 そして、管理員やフロント社員等が管理組合へ報告し、管理組合が判断・対応を行うための情報について、管理委託契約書上の整理が検討された。
 

※1:「マンションにおける孤立死の対応事例 ~管理員、フロント社員1700人アンケート~」(マンションみらい価値研究所レポート)
 
参考:「孤立死対応マニュアル~社内資料をあえて公開~」(マンションみらい価値研究所レポート)

(2)個人情報保護法との関連

 従来は、居住者に感染症の罹患や認知症の兆候が見られた場合に、管理会社が管理組合に対して報告することが第三者への個人情報提供にあたるかどうかが、個人情報保護法との関連で課題となってきた。第2回検討会では、居住者に認知症の兆候が見られた場合に、管理会社が管理組合に報告することは、その報告する情報が要配慮個人情報にあたる場合もあり、慎重に検討すべきであることを踏まえた上で、原則として個人情報保護法上での第三者提供にはあたらないことが、検討会事務局より説明された。
 
 なお、上記の個人情報保護法上の解釈について、個人情報保護委員会※2の担当官に対して問い合わせをした。以下に個人情報保護委員会の見解を示したい。
 



質問
 居住者の認知症に気付いた管理員が、管理組合理事長に報告する場合、個人情報保護法上の第三者提供にあたらないという理解で良いか。

回答
 良い。分譲マンションの管理員は、管理組合理事長の指示・命令下にある。その者が理事長に報告することは、第三者への提供にあたらない。しかしながら、雇用元の管理会社に報告する場合には、第三者提供にあたる場合がある。
 



質問
 管理会社への報告が第三者提供にあたる場合があるとは違和感があるが、どのような場合か

回答
 まず、基本的な考え方を説明する。①契約に基づく、②指示・命令下にある者は、その契約全体として本人の中にいるので第三者提供にあたらない。例えば、派遣会社から派遣されている者は、その事業所において上司に報告することは第三者提供にあたらない。しかし、派遣元に報告することは第三者提供にあたる場合がある。また、複数の会社役員を兼務している者が、A社の個人情報を、B社に提供することは第三者提供にあたる。そうした関係で判断する。①及び②にあたることが要件である。」との説明であった。管理会社で言えば、この場合の①②の要件を満たすものは、そのマンション管理への専従性が低くても良く、「管理員が業務について相談するフロント社員」や「フロント社員の上席者」なども「契約全体」の中に含まれ、第三者への提供にはあたらない。
 



※2:個人情報保護委員会

 

(3)検討会での経過

 検討会では、認知症の有病率の高さを踏まえ、認知症等の兆候に気付いた際の対応について管理委託契約書上の条文自体に盛り込むことも議論されたが、結果的にそれは見送られ、コメントでの解説という形に落ち着いた。
 これは、認知症の兆候に気付いた際の管理組合への報告を、通知すべき事項(標準管理委託契約書12条関連)として整理すると、管理会社が認知症に気付かなければならないと捉えられかねないことや、通義の義務とすることがそもそもそぐわないことが懸念としてあげられたからでもあった。また、本来の順序で言えば、管理規約の整備が行われてから、標準管理委託契約書に盛り込むべきという考えもあったようである。

(4)標準管理委託契約書の改正内容

 上記の検討経緯を経て、令和5年9月11日に標準管理委託契約書の改正が示された。改定時の別添資料には、マンション管理業の事業環境の変化(居住者の高齢化、感染症のまん延等)への対応として、マンション内で、感染症の流行により組合員等の共同生活に影響を及ぼすおそれがある場合や、組合員等に認知症の兆候がみられ、管理事務の適正な遂行等に影響を及ぼすおそれがあると認められる場合等に、協議により相手方への通知事項の対象としうることや、通知を受けた際の対応についてのコメントが追加され、「孤立死(孤独死)等、専有部分における事件・事故の際の対応について」改定を行ったことが説明された。
 
 本改正では、契約書本文への反映は見送られたものの、管理員などの現場従業員やフロント社員が居住者の認知症等の兆候に気付いた場合における管理会社としての対応について、個人情報保護法の観点からも整理ができたことは高く評価できると考えている。
 

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 なお、アンダーライン部分の表現から、「管理規約に定め」がないと、管理会社が管理組合に対して行う認知症等の兆候についての報告は、第三者提供にあたり個人情報保護法違反になるという誤解があるが、そうではない。(個人情報保護法上の考え方については、前述の個人情報保護委員会の見解を確認してほしい。)

(5)今後の標準管理委託契約書の改定について(私案)

 令和5年の標準管理委託契約書の改正は高く評価できるものである。さらなる改正に向けて、私案を示したいと思う。
 
 まずは、コメント内に、通知事項の部分で、超高齢社会である日本のことに触れることが望まれる。認知症基本法※や認知症施策推進大綱※を踏まえて、以下のような内容を提案したい。

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 次に、条文改正が見送られた13条関連であるが、「通知義務」を「通知事項」として、第3項を追加することを提案したい。個人情報保護法上の取り扱いについては、コメントで解説が加えられているところであるが、条文にあるほうが管理組合としても分かりやすいだろう。また、認知症の兆候が生じている居住者は、管理員としても気になるところであり、良かれと思って何らかの手助けをしていることがある。こうした行いが管理員業務の懈怠と言われてしまうことを避ける意味でも、管理組合からの了解がほしいところである。もちろん、都市部の投資型マンションなどで高齢居住者がいないなどの特殊な事情があれば、こうした条文を削除することが考えられる。

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 また、障害者差別解消法が改正され、管理会社や管理組合も、合理的配慮の提供が法的な義務として求められるところである。
 現状のコメントでは、専有部分のサービスは、便益を受ける者の負担を原則としている。障害者差別解消法は、障害者の手帳などを持っているといった狭い要件ではなく、(広く捉えられた)障害を持つ方から、何らかの配慮や改善の要望がなされた場合に、その負担が過度にならない範囲で、合理的な配慮の提供を求めている。これは管理組合を含めた日本のすべての団体の義務と解されている。この主旨からすれば、管理員による見守りやちょっとした手助けなども、管理組合としての合理的配慮の提供の一例と捉えることができる。したがって、現状の標準管理委託契約書の以下の3条関係コメントは少々限定的であり、今後は改正が求められるであろう。

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2.マンション標準管理規約の改正

(1)標準管理規約の見直し及び管理計画認定制度のあり方に関するワーキンググループの設置

 国土交通省住宅局の説明によれば、「マンションを巡る建物と居住者の『2つの老い』の進行等に伴う各種課題に対応していくため、『今後のマンション政策のあり方に関する検討会とりまとめ(2023年8月)』に基づき、標準管理規約の見直し及び管理計画認定制度のあり方について検討を行うことを目的」として、令和5年10月(令和5年10月30日)に「標準管理規約の見直し及び管理計画認定制度のあり方に関するワーキンググループ(以下「ワーキンググループ」とする。)」が設置された。
 
国土交通省HP 標準管理規約の見直し及び管理計画認定制度のあり方に関するワーキンググループ

 前述のとおり2023(令和5年度)の標準管理委託契約書の改正により、感染症等の発生や認知症の兆候など管理運営等に影響を及ぼす事案を管理業者が把握した場合の管理組合への通知に関するコメントが追加された。一方、通知を受けた管理組合がとりうる行動については示されていない。そこで、管理組合としての対応について検討がなされている。

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(2)ワーキンググループでの議論

 令和6年1月31日に開催された第4回ワーキンググループでは、「管理運営等に影響を及ぼす事案の発生」として高齢者等の認知症等にかかわるコメント案が示された。

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(3)ワーキンググループでの議論

 認知症施策推進大綱には、「住み慣れた地域の中で尊厳が守られ、自分らしく暮らし続けることができる社会を目指す。」ことが主旨のひとつとされている。
 
 所有して居住する共同住宅である分譲マンションを考えれば、認知症となったら、すぐに施設に転居するというのではなく、できる限りマンションでの居住を継続することが望まれる。そのため、ワーキンググループでは、委員より、上記のコメント案は「認知症等の兆候に気付いた場合には、管理組合として、親族や地域包括支援センターに連絡するといった内容となるが、管理組合として誰かに渡すところだけが示されており、排他性や差別の助長が懸念される」「改正障害者差別解消法では管理組合も対象となり、合理的配慮の提供が義務化されるので、標準管理委託契約書のコメントに準じた記載があった方が良い」「また、認知症サロンや見守りを行っている先進的な管理組合もあるので、そうした自主的な取組みを参考に、管理組合としても何かしようという気になる内容とすべき」といった発言があった。

(4)改正私案

 ワーキンググループで議論されている内容は高く評価できるものであるが、現状のワーキンググループの検討経過では上記意見の反映は見送られている。そこで、さらなる改正私案を示したい。

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3.まとめ

 福祉に従事している方々からは、とかく分譲マンションは地域から孤立しており、福祉の手が届きにくい一面が強調されることが多い。先日、ある社会福祉協議会のヒアリングを受けたが、標準管理委託契約書や標準管理規約の改正について説明すると、非常に驚かれていた。一方で、分譲マンションは、共同住宅という側面から、福祉サービスの提供には有利であるし、マンション内の助け合いも期待できるとする意見もある。
 本稿で整理した通り、近年、高齢化に伴う認知症等の課題については、契約書や規約などのコメント(解説)の整備が進められてきた。こうした整備も後押しして、分譲マンションにおける高齢期の生活が今まで以上に快適になることを願いたい。

令和5年度標準管理委託契約書及び令和6年度標準管理規約の改正 ~認知症等の兆候に気付いた際の対応について~[0.3MB]

田中 昌樹
執筆者田中 昌樹

マンションみらい価値研究所研究員。一般社団法人マンション管理業協会出向中。現在は、マンションみらい価値研究所にて、防災・減災に関する統計データの活用や居住者の高齢化や災害の激甚化などの社会的な課題について、調査研究や解決策の検討を行っている。

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