1.マンションと人の死
人が居住する限り、そこには死が存在する。しかし、従来より人が室内で死亡した住戸は不動産取引において忌避される傾向があった。
2021年10月、国土交通省から「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」が公表された。
>宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン(国土交通省ホームページ)
このガイドラインでは、「自然死、日常生活の中での不慮の死(転倒事故、誤嚥など)については原則として告げなくてもよい」とされている。ただし、孤立死などにより、長時間が経過し、特殊清掃が行われた場合は告知事項とされている。
当社でも、従来より不動産仲介会社、買主から「この部屋で死亡した人がいるか」という質問を受けることがあった。管理会社は、管理委託契約により、不動産仲介会社から調査をうけた場合に回答する範囲を管理組合との間で約している。その範囲は共用部分に関するものであり、専有部分は、もともと管理対象部分には含まれておらず、専有部分で発生した死亡例については、告知することはない。
また、共用部分で発生した死(事件・事故によるもの)も、マンション標準管理委託契約書には、告知事項として例示されているものの、当社受託管理マンションにおいて、「開示する」という選択をして契約を締結した管理組合はない。
つまり、当社では、不動産仲介会社や買主から「死亡事例」について問われても一切回答することはない。それでも、従来より何度も繰り返し人の死に関する事実関係の有無を確認されることが多く対応に苦慮していた。
国土交通省からこうしたガイドラインが示されたことは、宅地建物取引業者ばかりでなく、管理会社にとっても歓迎すべきことである。
今回はマンションにおける孤立死について管理員へのアンケート調査を行った。
※認知症と疑われる事例等を含む
※約1,700人、調査数の詳細は下記参照
2.アンケートの概要
10月度公開したレポート「マンションにおける認知症の対応事例」と同時に調査している。
3.調査結果
マンションにおいて人の死は、いったいどのくらい発生しているのか。今回は、死因の如何にかかわらず、管 理員やフロント担当者が経験した孤立死の実態をアンケート調査した。
アンケート調査は、回答者の経験をフリー記入する方法にて実施した。分析に際しては、回答欄に記載され た事例を類型化したり、キーワードを抽出したりする方法で数値化した。
①孤立死の対応事例数
一人暮らしの居住者が専有部分内で亡くなるケースを「孤立死」として、その事例についてアンケート調査を行った。
とかく「孤立死」というと、友人や親族など頼るべき人がいないイメージが強いが、あくまでも「一人暮らし世帯」について質問しているものであり、親族が定期的に訪問するなど、必ずしも孤立していたとは言えない事例も含まれている。
孤立死の対応をしたことがある、と回答した管理員、フロント担当者は186名、アンケート回答者数の11%である(図1参照)。
②孤立死の事例において最初に居住者の異変に気が付いた人
孤立死の場合、最初にその居住者の姿を見かけなくなった、新聞がたまっている、連絡がとれない、さらには部屋から異臭がする等の異変に気が付く人が何らかの行動を起こし、発見に至る。
この「最初に異変に気が付いた人」は、管理員であるケースが圧倒的に多い。孤立死全体を調査したものではなく、管理員に対するアンケート調査であることから、管理員が多い傾向になることはあるにしても、居住者の異変に気付きやすい業務であることは確かだろう。
昨今の社会的要請もあってか、宅配弁当会社、新聞配達員、ガス会社など業務の延長上に「気付き」のある職種の方々も行動に移すようになっているようである(図2参照)。
③最初に異変に気が付いた人が次に連絡をした人
さらに「最初に異変に気が付いた人」が、次に誰に連絡をしたのかを調査した。
管理員の場合は、次に警察や消防に連絡する他、緊急連絡先の届出がある場合は親族等に連絡をしている。
なお、表1において、「異変に気が付いた人」が発見に至るまでの次の行動において、異変に気が付いた人と同じ名称の場合は、その人が発見したことを示す。管理員がご遺体を発見したケースも3例あった。
さらに、管理員以外の方が異変に気が付いた後、管理員に連絡するケースも23例あった(表1黄色部分)。二次連絡を受けた管理員が、警察や消防、親族に連絡していることがわかる。
4.孤立死の対応で必要なもの
アンケート調査は、孤立死の対応において、必要であると思うものをフリー記入にて回答する方法にて実施した。
緊急連絡先の整備は、個人情報との関係の中で、ある方がよいが、どこまで立ち入るべきか、その境界線に悩む回答も多い。
また、緊急対応時のマニュアルの整備や、管理会社からの適切な指示等、勤務する管理会社への要望も高い。
さらに近隣住民や警備会社など人命にかかわる局面にある場合、他の者の協力も求められている。
なお、認知症に関するアンケートと同時に実施しており、認知症対応に関する要望も一部含まれている。
5.考察
人の死にかかわる場面に直面した場合、落ち着いた行動できる人はそう多くはない。また、管理員が対応できる範囲は、親族や警察など関係者や関係機関に連絡するといった「つなぐ」行為である。管理員としては一刻も早く、そうした先につなぎたい、誰かに助けてほしいと考えるのは当然の心理だろう。
この「つなぐ」行為において、必要となるのは入居者名簿といった、管理組合が収集する個人情報である※。しかし、中には「名簿は提出したくない」といった方や、提出があってもご本人の連絡先のみ、親族の連絡先は未記入であるなど「つなぐ」ことが困難なケースも増加している。また、連絡先の届け出があっても、それを利用して親族に連絡することは、管理組合名簿の目的外利用にあたるのではないかという議論もある。実際に当社の事例ではないが、名簿にある連絡先に連絡したところ「その人とは縁を切っているので連絡されても困る。そもそも入居者名簿の利用は管理会社の目的外利用である。」とされ、トラブルになったケースもあると聞く。
昨今の災害の発生に伴い、「災害用緊急連絡先名簿」を作成している管理組合もある。こうした名簿の作成においても、孤立死の疑いがあるときに利用できるように利用目的に明示しておくことも考えられる。
日本では、従来より「死」の話はタブー視されてきた。最近になり、ようやく「終活」という言葉が一般的になり、本人が「死」を考えるようになってきている。さらに冒頭に述べた通り、不動産取引における取り扱いも明確になった。こうした意識の変化に伴い、管理組合や管理会社でも孤立死の実態について議論すべき時がきたのではないだろうか。
※管理組合が収集する名簿については、管理会社により取扱いが異なる。当社では、管理組合が収集した情報を管理委託契約に基づき、当社に通知していただく契約としている。
以上
関連情報 参考文献
>宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン(国土交通省ホームページ)