「私はこのマンションで一生暮らすつもりだ。だから中古マンション販売価格など興味がない」という人でも、自分の住むマンションが市場から評価されることに不満を持つ人はいないだろう。売りに出せば短期間で売れるマンションであるというのは、居住者のステータスのみならず、さらに良いマンションにしようというモチベーションにもつながるはずだ。つまりマンションの市場価格は、そのマンションの資産価値を示すひとつの指標であり、売却を考えていない人にとっても有益な指標となる。
一方で、マンションの資産価値を上げるために管理組合がさまざまな取り組みをしても、それを外部に発信することができなければ市場価格は上がりにくい。外部への発信にはさまざまな方法があり、不動産広告はそのひとつだ。不動産広告ではどのようなキャッチコピーを使用し、マンションを広告しているのだろうか。
1.管理に関する広告内容は「ペット可」と根拠のない「管理体制良好」
従来から、中古マンションの広告は管理に関する内容が少ないと言われている。そこで、具体的にどのようなキャッチコピーが使用されているのかを調査した(図1参照)。
■調査方法
インターネット不動産広告 2社の販売広告画面
2023年11月中に掲載された中古マンション売買情報
東京都23区、大阪府24区、各区ごとにおおむね10件~20件程度
広告上、最上位に記載されているキャッチコピーを転記し、キーワードごとに集計
「駅チカ」は資産価値が高いとよく言われているように、駅からの徒歩時間が最も多い結果となった。駅徒歩2分や3分といった誰が見ても駅に近いであろうと思えるものから、駅12分や15分といった広告もあった。
回答が多かったものの中で管理に関する事項と呼べるのは「ペット可」であろうか。おおよそ20年前から新築分譲マンションのほとんどがペット飼育可となり、今では分譲マンションの約半数がペット可であるなど決して珍しくはないのだが、購入検討者に訴求できるポイントのひとつなのであろう。
<参考>ペットに関するレポート「ペット問題は解決したのか」
インターネット広告は、トップページのキャッチコピーのほか、ページを進んでいくとさらに詳細な説明がされていることもある。キャッチコピー以外に管理に関する記載があるか、その有無を調査した。メインのキャッチコピー以外であれば、その多くで管理に関する記載がされるのではないかと予想したが、実際にはわずか5%(66件)にとどまっている(図2参照)。
また、その内容については次の通りである(図3参照)。最も多い「管理体制良好」については、何をもって良好と言えるのか、その根拠が曖昧であり、果たしてマンションを購入しようとする層に訴求できているのか、疑問である。
また、その内容については次の通りである(図3参照)。最も多い「管理体制良好」については、何をもって良好と言えるのか、その根拠が曖昧であり、果たしてマンションを購入しようとする層に訴求できているのか、疑問である。
2.自分で広告してみようと考えた
現在では、管理計画認定制度やマンション管理適正評価制度などによる評価等があるが、こうした制度ができるはるか以前に、「中古マンション市場に管理を訴求する取り組み」をトライアルとしていくつかのマンションで実施したことがある。
残念ながら当時の市場は管理に対する興味が薄く、次に紹介するようなさまざまな取り組みは広がることはなかった。しかし、最近になって少しずつではあるが、中古マンションに対する市場の見方が変化してきているように感じる。そこで今回は、管理の情報を発信するために当時取り組んだことについて、なぜ失敗したのかも考察しながら紹介してみたいと思う。
私がこれから紹介する取り組みやその結果を参考に、自分たちでもやってみようという管理組合がもしあれば、ぜひ活用していただきたいと思う。もしかすると今の市場では受け入れてもらえるかもしれない。
①管理組合を紹介するリーフレットの作成
中古マンションの販売広告は、仲介会社が作成する。ところが、先の集計結果の通り、仲介会社の紹介記事で管理に関することが紹介されることはほとんどない。
そこで「紹介してもらえないなら、自分たちで作成してしまおう!」というのがこの取り組みだ。
マンションを見学に来る購入検討者は、仲介会社の販売チラシを手にしている。そこには、管理費と修繕積立金の金額くらいしか書いていない。そこで、「このマンションの魅力紹介」といったリーフレットを作成し、それを管理事務室などにおいて来訪した購入検討者に直接渡してみようと考えた。
リーフレットのイメージは次のようなものである(図4参照)。
リーフレットの内容
●ご挨拶
理事長や居住者の声を掲載し、実際に住む人の声を届けることで、購入検討者にマンションをより身近に感じてもらえると考えた。
●マンションのアピールポイント
「マンションのアプローチには○種類の花」というタイトルで紹介している部分である。仲介会社からの案内は通常、休日の昼間に行われる。それが冬であれば春に咲く花々は想像できないし、夜のライトアップがきれいであっても夜にマンションの姿を見ることはないだろう。そうした「見えない時間」の写真を掲載することにより、イメージを膨らませてもらおうとした。
●コミュニティ活動
何らかの活動をしている管理組合ならその状況を紹介することで、コミュニティ形成がうまくいっているマンションであるという購入検討者へのアピールができるかもしれない。
●修繕履歴
適切な修繕がされているか否かは、購入検討者にとって大きな関心事である。仲介会社からは提供されにくい情報であるため、関心度は高いと考えた。
●管理規約、使用細則
入居してから「そんなルールがあるなんて聞いていない!」などということにならないよう、管理規約や使用細則など、遵守してもらいたい内容があることをあらかじめお知らせすることで、入居してからのトラブル防止にも有効だと考えた。
失敗した理由
この取り組みは数棟のマンションで導入されたが、半年もたたないうちにリーフレットはすべて撤去することになった。失敗の理由は次の通りである。
●効果が目に見えにくかったこと
実際の売買取引価格は、売主と買主の間でのみしか知り得ない。管理組合や管理会社がリーフレットの制作に努力したところで、その効果がどれほどのものであったのかの効果測定がしにくい。
この点については、買主である新区分所有者が入居したときに、「リーフレットは見ましたか」「参考になりましたか」などのアンケート調査ができるフローを作成しておけばよかったかもしれない。
●制作に手間がかかりすぎたこと
リーフレットに記載する内容の精査、写真撮影、デザインなど、作成にはかなりの手間がかかる。もちろんお金をかければ広告代理店などのプロの手を借りて制作できるが、できるだけお金をかけたくないという管理組合では手作りとなる。その手間を誰が引き受けるのか。こうした制作の担い手がおらず、継続することができなかった。
②共用部分のご案内
あらかじめ仲介会社からのアポイントがあれば、購入検討者をマンションに案内する当日に、管理員が共用部分の鍵を開けて、内覧することができるようにしようというアイデアである。マンション案内は土曜、日曜に行われることが多いことや、管理員がその時間に管理事務室を離れなければならないことを考えると、かなり大規模なマンションでしか検討できない内容である。
それでも、集会室やゲストルームのあるようなマンションの購入検討者は、それらの施設を見てみたいと思うだろう。そこで、最寄り駅の大手仲介会社を中心に何社か声をかけて、この取り組みを始めてはどうかと考えた。しかし、こちらも失敗に終わっている。その原因は次のようなものだ。
失敗した理由
●管理員がマンション居住者以外の人にサービスを提供することに対する反対意見
あるマンションの理事会に提案してみたところ、「管理員の人件費は管理費の中から支払われている。居住者以外の人に時間割いてサービスを提供するのはいかがなものか」という意見が多かった。
●管理組合としての金銭的メリットを求められたこと
購入検討者に対してサービスを提供することは、巡り巡って管理組合運営がしやすくなると言う利益が享受されるものと考えていたが、直接的な金銭利益を得るべきだとする意見があった。
例えば「売買がしやすくなって金銭的利益を得るのは仲介会社であるため、仲介会社から1回の案内あたりいくらという案内手数料をとれないか」などの意見が出てしまい、まとまらなかった。
③ご近所挨拶
購入検討者からは「ご近所にはどういう人が住んでいますか」とよく質問される。もちろん、プライバシーに関わることになるため、仲介会社は知りようがないし、管理会社は聞かれても一切答えることはない。しかし、ご本人が挨拶をする分には問題ない。
そこで、趣旨に賛同してくれる住戸に限り、購入検討者の案内時に在宅していれば、インターホン越しでもドア越しでも構わないのでご挨拶をする、という取り組みをしてはどうかと考えた。
居住者にとっても、購入検討者が実際に引っ越してくる前に、どんな人が購入しようとしているのかを知ることができる。そうすることで、引っ越してくるときにはすでに「はじめまして」の関係ではなくなっているわけだ。しかし、このアイデアは導入に至らずに終了している。
失敗した理由
●理事会において「私はピンポンされても出たくない」いう意見が大半であったこと
このアイデアの提案当時は、今よりも「ご近所との関係持ちたくない」という方が多かったように感じる。「誰が来ようとインターホンには出ない、ドアを開けるなんてとんでもない」という声にかき消され、審議すらされないまま終了している。
●不動産会社も「周辺住民に会わせたくない」と思っていたこと
アイデアを実現する前に、仲介会社にも意見を聞いた。購入検討者から質問されて困っているのではないかと思っていたのだが、意外な回答が返ってくる。仲介会社としては、「ご近所にどのような方が住んでいますか」という質問には、個人情報保護法を理由に「知りません」と回答したい」というのだ。
仲介会社から紹介された例は次のようなものだ。
「購入検討者がファミリーで、少し神経質な奥様がいたとします。隣人を訪問して、ひとり暮らし、髪はぼさぼさ、髭は生え放題、愛想のない返事をする人が玄関に出てきたと考えてみてください。もう、その瞬間に購入意欲は失せますよ」とのこと。
確かにそういうシーンもあるかもしれない。初対面同士の第一印象がどうなるかという予測不能なリスクは避けたいということだろう。
3.中古マンション市場の活性化
中古マンション市場が活性化すれば、組合員等の入れ替わりが進み、理事のなり手不足や修繕積立金不足など、世の中を騒がせている課題に少なからず良い影響を与えるのではないかと言われている。
国の政策を待つだけでなく、管理会社や管理組合が主導となっていろいろなアイデアを実践できれば、世の中を少しでも良い方向に前進させることができるかもしれない。
今回紹介した取り組みは、いずれも失敗に終わっている。それでも、これらの失敗談をもとに内容をブラッシュアップして、別の取り組みに活かしていただけることがあれば、ぜひ活用してみてほしい。