ビル管理の実務家から学ぶ分譲マンション管理

組合運営のヒント
ビル管理の実務家から学ぶ分譲マンション管理

建物には、分譲マンションのほかに商業ビルや低層の商業施設、賃貸マンション、ホテルなどさまざまな種類がある。管理の手法もそうした種類によって異なり、管理を行う事業者も住み分けがされている。規模の大きな不動産管理会社の場合は、1社でさまざまな建物を管理していることもあるが、基本的には建物の種類ごとに部署や職種・業種が分かれている。このことは、建物の用途に特化した管理ノウハウが構築しやすい面がある。しかしながら、建物の特性に応じた管理のノウハウは、別の建物の担当者にはあまり共有されておらず、建物の専門性が増せば増すほど、広い視野を持つことが難しくなる面がある。

 今回、収益不動産のマネジメント※1に携わる実務家にヒアリングを行った。外から見ると分譲マンション管理はどのように見えるのかを明らかにしたい。さらには、ビル管理手法をヒントに、分譲マンションの課題解決に応用できるヒントを探り、マンション管理に係るすべての方に向けてお届けしたいと思う。

※1 本稿では、収益不動産のマネジメントを「ビル管理」とする。

1.ビル管理は3種類の会社の分業で行われている

(1)ビル管理を分業する3業種

 ビルなどの収益不動産の管理をご存じの方には入門的な知識ではあろうが、マンション管理にはなじみのない用語を最初に紹介しておこう。収益不動産の管理ではアセットマネジメント会社(以下「AM会社」と略する)、プロパティマネジメント会社(以下「PM会社」と略する)、ビルメンテナンス会社(以下「BM会社」と略する)とよばれる3種類の役割を担う会社があり、ひとつの収益不動産において業務を行うことが一般的となっている※2。分譲マンションの管理会社は通常1社であり、こうした階層的な分業はなされていない。管理組合は1社に業務を委託していることと比較すると、3社は多いようにも思える。それぞれの会社は次のような役割を担っている。

※2 PM会社が点検や清掃会社を手配し一括的に業務を行う、BM会社を用いない例もある。また、AM会社を置かず、オーナーが自ら資産運営を行ったり、PM会社がAM的なアドバイスを行うこともある。従って、3種類でない場合もある。

①AM会社
 アセットマネジメント会社の略。個人や法人などのオーナーから資産価値の向上を委託される会社であり、不動産や株式、債券などが委託される主な資産である。不動産の場合、その建物から得られる賃貸収入を増加させたり、建物自体の価値を上げて売却益を得たりすることを目的とし、管理業務や賃貸経営などを行う。収益を最大化するのが目的となる。オーナーからの評価を得るために、高い家賃を設定し、点検や清掃などのランニングコストを抑えて収益率を上げたい思惑が働くが、中長期的な資産価値の最大化のために建物自体に大きな改修を検討したり、商業施設の大規模なイベントを企画したりすることもあるので、目先の費用だけに捉われるものではない。

②PM会社
 プロパティマネジメント会社の略。その建物の賃借人(テナント)の募集、賃料の交渉、賃料の回収など、賃借人に関する管理運営をすることが業務となる。オーナーからではなく、AM会社から業務を委託される。賃借人を募集しやすくするために賃料を安く設定してほしいという心理が働くことがある。

③BM会社
 ビルメンテナンス会社の略。建物の設備の点検、清掃、小修繕などが業務となる。PM会社から業務を委託される場合と、AM会社から委託される場合がある。点検や清掃で収益を上げているため、点検や清掃にもコストをかけてほしいという心理が働く。

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(2)ビル管理とマンション管理の評価のしやすさ、しにくさ

 AM、PM、BM会社の3社の利害は必ずしも一致していない。ただし、AM会社が運営に失敗しオーナーから解約されるとPM、BM会社も解約となる可能性があり、基本的には同じ方向を向いているといえるだろう。そうした三者の役割分担の中で、市場における需要と供給とのバランスを図りながら、最終的にはオーナーの利益の最大化が図られていく。結果は「金銭的価値」で示されるため、評価基準は明確で非常にわかりやすい。

 一方、ごく一般的な分譲マンション管理において、AM会社に相当する役割を担うのは、理事会になる。理事会役員は、区分所有者全員から委任をうけ、管理を行っている。PMの役割を担う会社はなく、マンション管理会社はBMに相当する。ビル管理におけるAM会社が金融機関などのプロの企業であるのに対し、理事会はいわば素人である。建物全体の価値や収益率がどうなっているのかという市場評価を図る意識は薄く、理事会の業務を数値で評価することも難しい。

2.ビル管理の意思決定は「金銭的価値」によって行われる

(1)ビル管理の意思決定

 例えば、ビルのエントランスの美観など価値向上に繋がる改修工事に3,000万円かかるとしよう。その改修工事をすることによって、収益が3,000万円以上生じるのであれば工事をするし、そうでなければやらないというのが基本的な考え方だ※3。 

 また、入居しているテナントがすぐに賃料の値上げに応じるとは限らないが、周辺ビルの状況に比較して外観が見劣りしているなどの理由により、テナントの会社のブランド戦略などと合致せず、テナントが解約を検討する要因になるようであれば、賃料のマイナス要因が収益に及ぼす悪影響を算出し、改修を実施した場合との比較がプラスであれば、工事は実施される。常に、周囲の建物の状況や賃料相場を考慮し、金銭的価値を算出しながら意思決定がされていく。

※3 この場合収益は何もプラスに限らず、このままの建物の状態であれば、マイナスが一定期間で見込まれる場合、それを通常の水準に戻す場合も含まれる。

(2)マンション管理への示唆

 こうしたバリューアップ工事の考え方はマンション管理でも参考になるのではないか。
 まず、ビル管理とマンション管理では、資産価値の考え方が違うと言える。ビル管理における資産価値は、将来のある時点まで不動産を保有すると仮定し、その間の賃料収入および売却価格を合算して算出される※4。将来を見据えた価値と言える。

 マンションの売買価格は、周辺の取引事例が基準になっており、先程例に挙げたエントランスの改修などは(ごく一般的には)考慮されない。売主個人の事情も多分に絡んでくる。売却を急いでいる人は、多少相場より低い価格でも売却に応じるだろうし、急いでいなければ高値で売却できることもある。また、取引事例の比較をするといっても、おおよそ100戸程度のマンションでも年間の取引は数戸程度にとどまっていることが多く、小規模なマンションでは何年も取引がないということもある。つまり、管理組合では資産価値を把握しにくいし、現在だけを見ている価値と言える。
 
 この状況においては、理事会が工事の適否を金銭的価値で判断することは、相当に困難となる。
 ビル管理の手法を用い、マンションの資産価値を将来的に見据えて算出することが可能となれば、バリューアップ工事をするべきか、そのままでよいのかを判断する際の指標のひとつとなるのではないか。

※4 収益不動産においても、原価法や取引事例法が用いられることはあるが、ここはごく簡単に解説するために収益還元法をもとに説明している。詳しいことを知りたい方は、収益不動産のマネジメントの解説書などにあたってほしい。

3.分譲マンションの方が優れていること

 給水ポンプは通常は2台で1組の設備である。平常時は2台が交互に運転している。これが故障により片方が停止したとしよう。そのときは、もう片方が常時運転に切りかわる。したがって、いきなり断水ということにはめったにならない。ビル管理では、こうした設備など、トラブルになりづらく、テナントとの関係に影響が小さいと思われる修繕の場合は「壊れてから工事する」という意思決定になる場合もあるようだ。

 しかし、マンションの場合、設備の点検状況は毎月理事会に報告され、区分所有者にも年1回の総会で報告される。いざ給水ポンプが停止すれば日常生活に与える影響が大きく、片方のポンプだけで稼働している状況は居住者にとっては非常に不安だ。突然停止することにないように、壊れる前であっても、異音などの予兆があれば修繕しておく「予防保全」の考え方が採用されるようになる。長期修繕計画の作成と定期的な見直しが推奨されているのは、その顕著な特徴であろう。複数の実務家に聞いたが、ビル管理では、長期修繕計画が作成されていないことも多いようだ※ 5。この点はビル管理よりマンション管理の方が進んでいるように思う。

※5 但し、信託不動産などは予防保全の考え方を採用しているケースも多く長期修繕計画に近い修繕計画立案をすることがある。また、1棟所有の場合も修繕計画を望まれるオーナーもいるので、顧客特性による面もある。

4.ビル管理で選ばれる会社はどんな会社か

(1)選ばれる会社の特徴

 ビル管理においては、3種類の会社の役割が重層的であるため、そこには良い意味での緊張関係が働きやすい。会社の選定は、価格競争はあるが、提案力も選ばれる会社になるために必要な要素であるという。では、どのような提案がプラスポイントになり得るのか。

 PM会社は、AM会社の仕事の領域にある提案、BM会社はPM会社の仕事の領域にある提案がよいとされているそうだ。相手方の利益もはかり、WINWINの関係をはかるBtoBらしい発想である。では、マンション管理会社にとって、理事会の領域にある提案とはなんであろうか。筆者らは思いつかない。マンション管理会社は会社ごとの特長が出しにくいと言われているゆえんでもある。

(2)社会的課題への取り組み

 近年は、SDGsや環境負荷削減などに積極的に取り組む企業も多い。投資建物であればESG投資の観点が含まれるだけではなく、ビルメンテナンス協会の取り組みとしても地球規模の課題に取り組んでいる建物を評価している※6。建物に関わる企業や投資家たちが環境に関心を持ち、建物の価値を高めると同時に、企業価値を上げようとしている。

 マンション管理会社も、個々の企業としてはSDGsや環境負荷削減に取り組んでいる。しかし、マンション全体で、管理組合とともに資産価値と企業価値を上げようとするところまでは及んでいない。管理組合から評価される土台もまだない。

 マンション管理計画認定制度、マンション管理適正評価制度※7などが誕生し、市場に浸透しつつある。しかしまだ、それらの評価項目にSDGsや環境負荷削減などの項目はない。市場がマンションの取り組みを評価するようになる日はまだ遠いように思う。

※6 一例としてエコチューニングがある。
 エコチューニング推進センター
※7 マンション管理計画認定制度については、次の国土交通省のホームページに相談窓口が開設されている。
 ▶ 住宅:マンション政策|国土交通省
 ▶マンション管理適正評価制度~管理組合の取組みが注目される時代に~|一般社団法人 マンション管理業協会

5.ビル管理ではカスタマーハラスメントが生じにくい

 マンション管理は顧客からのカスタマーハラスメントをうけやすい業種として知られている。2023年9月、マンション標準管理委託契約書の改訂が行われた際にも、マンション管理業者に対するカスタマーハラスメントが課題として取り上げられ、その対応策が盛り込まれた※8。

 ビル管理業では、AM、PM、BM会社はすべて法人、テナントも法人であることが多く、すべてがBtoBの関係である。「組織」対「組織」ではカスタマーハラスメントは比較的起きにくいようだ。 企業は組織のガバナンスの中でこうした問題を解決していこうとする力が働くからだ。
 
 一方、マンション管理業においては、契約書の体裁はBtoBであるものの、管理組合のもとにC(区分所有者等)がいる複雑かつ特殊な関係であり、かつ当事者が多数となることから管理員や管理会社担当者へのカスタマーハラスメントが生じやすい構造がある。

 ビル管理と同様に考えて、管理組合と管理会社が「組織」として機能するように理事会におけるコンプライアンス意識の醸成やガバナンスの向上を目指していくことで、カスタマーハラスメントの課題は減少することが期待できるだろう。

※8 
マンション標準管理委託契約書の改訂とカスタマーハラスメント|マンションみらい価値研究所
  国土交通省 マンション標準管理委託契約書を改訂
第1回 マンション標準管理委託契約書見直し検討会(令和4年12月27日開催)

6.「おためし導入」ができない適正化法

 マンションの管理の適正化の推進に関する法律(以下「適正化法」とする)は、消費者保護という側面が強い。例えば、契約締結の前に契約上の重要事項の説明を実施することが定められているが、こうした手続きを規定する業種は限られており、その目的は「消費者の保護」や「その業種自体への規制」であったりする。ビル管理などにおいては、こうした手続きはなく、そもそもビル管理の3業種に対する業法がない※9。
 しかし、こうした保護がマンション管理を社会から取り残していることもある。

 大手メーカーから「ある特定の地域のマンションに、商品のトライアル導入をさせてもらえないか」という申し出があった。商品を無料で提供する代わりに、商品の使用に関するデータ収集などの補助を管理員に実施してほしいという条件がついた。消費者の立場に立つと、その商品が無料で使用できるのは非常に魅力的であった。

 一方、管理会社からすると、管理員の業務は管理委託契約書においてその内容が決められている。当然、その商品の使用に関する補助業務は契約内容には含まれていない。管理員にとってそれほど時間のかかる業務ではなく、管理組合があえて反対する理由も見当たらなかった。しかし、管理会社がこのメーカーからの申し出を実現するには、それぞれの管理組合に対して重要事項説明会を開催し、臨時総会を開催し、管理員業務の仕様変更が可決された後に変更契約を締結することが必要だ。実験導入だからといって、適正化法に定められた事項を省略することはできない。

 大手メーカーにその事情を伝えたところ、次のような理由で導入は見送られた。
・総会で否決となる可能性がある。市場調査は特定の傾向があるマンションで行うのではなく、あらゆる条件のもとでまんべんなく行いたい。否決のマンションで実施できないと、偏りが出る可能性があり、正しい市場調査とは言えなくなる。
・通常総会の開催を待つと最大で1年の期間が必要になる。臨時総会が開催できるかは不透明であり、商品開発のスケジュールが著しく遅延しかねない。

 企業のビジネススピードと、管理組合の合意形成はスピード感が異なる。企業の方が圧倒的に早い。この事例では、商品の実験導入は商業ビルと賃貸マンションで実施することになった。ビルや賃貸マンションの場合は、居住者の同意は必要なく、現場対応者を雇用する管理会社がその業務内容を承諾すればよいため、即時に導入できることがその理由だ。

 分譲マンションの契約において重要事項説明が必要であることには異論はない。しかし、企業の商品開発における実験導入や、社会実験的な試みに時間的理由で参加できないことは、長期的には分譲マンションの発展に不利益につながるのではないか。例えば、社会実験に参加するような場合は、管理会社から所管官庁に届出をするなどして企業としての営みに参加しやすくするなども検討できないだろうか。また、契約上の当事者となる場面を管理組合の総会に実質的に限定していることも、契約の機敏な改正にはマイナスとなる。

※9 重要事項説明に類した規定のある法律については以下のレポートを確認していただきたい。
      重要事項説明のある他の業法とマンション管理適正化法との比較について|マンションみらい価値研究所

7. まとめ

 「分譲マンションの管理は20年遅れている」というのが、ほかの建物を管理する実務家の共通した意見であった。分譲マンションの管理ならではの事情があるのはもちろんであるが、今回紹介した収益還元法の考え方や、管理業務の役割分担など、ビル管理の手法も参考にしながらマンションの将来価値を考えていくべきだろう。

ビル管理の実務家から学ぶ分譲マンション管理[0.4MB]

田中 昌樹
執筆者田中 昌樹

マンションみらい価値研究所研究員。一般社団法人マンション管理業協会出向中。現在は、マンションみらい価値研究所にて、防災・減災に関する統計データの活用や居住者の高齢化や災害の激甚化などの社会的な課題について、調査研究や解決策の検討を行っている。

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