はじめに、分譲マンションとは何かを簡単に定義しておこう。ごく一般的には、分譲マンションとは「区分所有を用いた共同住宅で、分譲(販売)されたもの」とされている。本レポートでは、さまざまな理由で竣工後に「区分所有を用いた共同住宅」に変更されたものを含めて「分譲マンション」と呼ぶことにする。実に意外なことであるが、分譲マンションは日本に何戸存在しているのか。その正確な数は明らかになっていない。そう言うと「国土交通省が出している数字があるのではないか」と思われる人もいるだろう。国土交通省発表の「分譲マンションストック数の推移」では、「現在のマンションストック総数は約694.3万戸(2022年末時点)」とされている。このグラフは、マンション管理に関わる人なら何度か目にしたことがあるだろう。
■分譲マンションストック数の推移
しかし、そのグラフの下にはいくつかの注釈が加えられている。本レポートでは、これらの注釈のうち、次の記載に注目したい。
※ 新規供給戸数は、建築着工統計等を基に推計。
※ ストック戸数は、新規供給戸数の累積等を基に、各年末時点の戸数を推計。
まず、「建築着工統計」を確認してみよう。ここでは、「新設住宅」を「持ち家/貸家/給与住宅/分譲住宅」に分類し、さらに分譲住宅をマンションと一戸建てに分類している。
(参考)建築着工統計/住宅着工統計
新築時に分譲マンションとして販売された以外にも、当初賃貸マンションなど別の用途で建築されたが、その後用途変更などが行われ、現状では分譲マンションと同様に市場で取引されている区分所有建物がある。こうした区分所有建物も、マンション管理適正化法第二条に定められている「マンション」にあたると考えられるが、国土交通省の「分譲マンションストック数の推移」に算入されていないのである。
今回はこうした「新築後に何らかの方法で、区分所有を用いた共同住宅となり、現在は通常の『分譲マンション』と同様に扱われている『区分所有建物』」について分析する。
1.あとから分譲マンションになったマンションの戸数
当社受託管理マンション280,367件のうち、あとから『分譲マンション』になった戸数は1,967戸(0.7%)であった(図1参照)。
2.分譲マンションになる前の、もとの利用方法
あとから『分譲マンション』になった建物は、それ以前は誰がどのように利用していたのだろうか。利用方法について調査したところ、①親族間での区分所有、②賃貸マンション、③社宅、④不明の4分類となった。
それぞれの割合は図2の通りである。
①親族間での区分所有
相続税対策などでマンション1棟を複数の親族で所有する場合に、親族で区分所有する場合と1棟を共有名義にする場合がある。例えば、ABCの3人でマンションを所有しようとする場合、住戸ごとに区分所有者を定めて登記する場合と、誰がどの住戸を所有するのかを定めずに3人の共有にする例がある(概念図参照)。
親族で区分所有する場合、区分所有建物であっても新築マンションとして販売されることはない。区分所有者が自ら居住するか、賃貸マンションとして貸し出される。
なお、親族間での区分所有であっても、適正化法は適用される。区分所有法も適用されるため、集会の開催など法律の規定に準ずる必要がある。ただし、親族間の話し合いで運営できるのであるから、通常の管理組合運営よりも合意形成はしやすいのかもしれない。
当社の管理受託マンションにおいて、親族間で区分所有されていた当時の総会議案書や議事録の保管は確認することができなかった。日本の区分所有法においては、管理者の選任や規約の設定は任意であるため、通常の管理組合と同等のレベルでの運営がされていなかったものと考えられる。
相続が発生したあと、親族間で区分所有されていたマンションは、それぞれの区分所有者が住戸を売却することもある。通常の分譲マンションと同様に市場で取引される。民法上の共有名義で所有していた場合は、相続の際に区分所有建物に登記を変更し、相続人が住戸を売却することになる。
しかし、新築マンションとしての販売ではないため、「分譲マンションストック数」にはカウントされていないと考えられる。
②法人所有の賃貸マンション
新築時に法人が1棟でマンションを所有し、賃貸マンションとして運用していた建物が販売された事例である。もともと賃貸することを目的として建築されたのであるから、新築マンション分譲戸数にはカウントされてないと考えられる。
具体的には、新築時に所有していた法人(以下「もとの法人」という)が何らかの理由で収益物件としての運用をやめる場合に、不動産会社がその建物を買い取り、専有部分や共用部分をリノベーションし、分譲マンションとして再販売するケースである。
この場合、もとの法人から不動産会社に所有権が移転するときは、賃借人が居住したままとなる。いわゆる「居抜き」物件として取引される。もとの法人と賃借人の間の賃貸借契約はそのまま不動産会社に引き継がれるため、所有者が変わったからといって、賃借人が一斉に退去しなければならないということはない。多くの場合は、購入した不動産会社が賃借人が退去するごとに1戸ずつ販売している。
この販売形式の場合、区分所有マンションとなった初期段階は、不動産会社が多数の議決権を持ち、購入した区分所有者の議決権は少数である。この点を問題視する人も多い。ただし、年月が経過すればその議決権割合が逆転、最終的には解消することもあり、当社の管理受託マンションにおいては、不動産会社が多数の議決権を持っていることが管理組合運営に大きな支障をきたしたという事例は聞かれていない。
なお、もとの法人が不動産業者の場合は、次の2通りの事例があった。
(1)賃貸マンションとして建築し、自ら運用していたが、中古マンションとして販売する場合
(2)分譲マンションとして建築を始めたが、市況の急激な変化等により販売を中止し賃貸マンションとして運用、その後市況をみながら中古マンションとして販売する場合
③法人の社宅
法人が従業員の社宅として建築した建物が販売された場合である。社宅として建築されたのであるから、「分譲マンションストック数」にはカウントされていないと考えられる。
バブル崩壊以降、日本の大手企業は社宅制度を廃止し、給与水準の改善を図ったり家賃補助制度に切り替えたりと、福利厚生制度の見直しを始めた。この時期に廃止された社宅が不動産会社に売却され、不動産会社がリノベーションした上で販売を始めた。多くの社宅が分譲マンションに切り替わっていった。また、リノベーションマンションという言葉もこの時期に一般化していったようである。
賃貸マンションとの比較で大きく異なる点は、法人が売却する際に社員が一斉に退去する点である。賃貸借契約ではないから、社宅の場合は一斉退去が可能だ。不動産会社からすれば、全戸空室となれば共用部分も大きくリノベーションが可能であり、新築マンションの販売ノウハウを生かすことができる。モデルルームを設置して周囲に販売広告を展開するのは得意分野だ。そのため、社宅の買い取りが不動産業界で大いに盛り上がった。
ただし、大手企業の保有する社宅の数には限りがあるからか、数年のうちに社宅を販売するという話はあまり聞かなくなった。
④不明
当社に保管されている書類では、販売前にどのような用途で使用されていたのか判別がつかなかった建物である。登記簿を見ても、前の所有者は分かるが、賃貸マンションなのか社宅なのかは判然としない。販売時の不動産会社の重要事項説明書等でも従前の利用方法についての記載はなく、追いかけることができなかった。
3.正確な分譲マンションストック数の把握にむけて
前述の通り、当社の管理受託マンションのうち、0.7%が「あとから分譲マンションになった建物」である。これを国土交通省のストック戸数694.3万戸に当てはめると4.86万戸となる。当社における割合がそのまま日本全体の数字を反映しているものとは言い難いが、数万戸の単位で分譲マンションストック数のカウントから漏れている可能性があるのではないだろうか。分譲マンションストック数が正確に把握されていないと、マンションに関する政策を見誤る可能性も出てきてしまう。マンションに関する試算をしようというときに、過大評価されたり過小評価されたりすると、管理組合やマンション管理に関わる業界全体に影響が及びかねない。
しかし、分譲マンションストック数を今から正確に把握するのは難しい。例えば、不動産中古売買の広告に掲載されているマンションの総戸数を調査するなどの方法も考えられるが、この場合は長期にわたり売買されていないマンションは集計から漏れてしまうし、そもそも広告に記載のある戸数もどこまで正確なのか分からない。
人海戦術で建物を調査するにしても、外観からは分譲マンションなのか賃貸マンションなのか分からない。最も実数に近くなるであろう調査手法は、全国の登記簿を調査し、区分所有登記になっている建物のうち用途が住居であるものを集計することだろうか。それでも実際は事務所やホテルとして使用されていたりすることもあるだろうし、膨大な費用と時間がかかる。また、調査している最中にも賃貸マンションが分譲マンションになったりと、どんどん変化していってしまう。
私たちができる方法としては、非常に時間がかかるかもしれないが、地方自治体が始めている届出制度などに協力し、自治体ごとに実数の把握ができるようにすることなど、マンション側からできるアクションをひとつひとつ実行していくことだろう。それが、マンションに関する正しい試算につながり、本当に必要な政策が実現されるようになる第一歩なのかもしれない。
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■参考文献
バブル崩壊に伴う給与住宅 (社宅) システムの研究