子育て世代がうらやむ「保育園のあるマンション」実態調査

1.保育園の現状
20年以上前であるが、私も育児休暇があけてすぐに子供を保育園に預けて働いた。現在のように時間短縮勤務であるとか、子供の看護休暇であるとか、そうした制度が整っていなかった時代である。育児休暇後はすぐにフルタイムの勤務。そんな状況の中で、保育園には本当にお世話になった。
有名な「保育園落ちた日本死ね!」というブログの書き込みに代表されるように、保育園の待機児童の問題は2000年頃からマスコミに大きく取り上げられるようになった。現在、こども家庭庁の調査によると、待機児童数は大幅に減っている。
このような報告がある一方、私の周囲にいる子育て世代の話を聞くと、別の問題が生じてしているように思う。ひとつが「遠方の保育園に通わざるを得ない子供」の存在だ。近くの保育園はいっぱいで入れない。駅から遠い保育園なら空いている。親はしかたなく、朝、駅とは逆方向に向かい、子供を預けてから再度駅に向かうという。家を出てから最寄り駅に到着するまでに1時間近くかかると話す人もいる。こうした「遠方の保育園」に預けている場合は待機児童のカウントには入らない。
もうひとつが「閉園する保育園」の存在だ。少子化は加速し続けている。せっかく保育園を増加させても、近隣の子供の数が減ったとか、保育士が不足しているとか、そうした要因で閉園する保育園もある。「近所の保育園がなくなって、転園せざるを得なかった」と話す人もいる。このような場合も待機児童のカウントには入らない。
今回は以上のような背景を受けて、マンションの敷地の中にある保育園について調査した。
2.マンション内保育園
マンションの中に保育園がある。遠方の保育園に子供を預けている人からするとなんともうらやましい話だろう。当社の管理受託マンションのうち、マンション内に保育園、幼稚園または子育て支援施設(以下「保育園」という)があるマンション12件(すでに閉園済みの2件を含む)を調査対象とした(以下、マンションの敷地または建物内にある保育園を「マンション内保育園」という)。
2017年に国土交通省と厚生労働省が連名で「大規模マンションにおける保育施設の設置促進について」という文書を各都道府県 各指定都市の児童福祉所管部(局)長 等に宛てて発出している。注1 保育園の設置をすると容積率の緩和基準などが設けられ、事業者にとってのメリットもある。この時期を境に、大規模マンションの建設において保育園を併設することが検討されるようになったのも確かである。
マンション内保育園の戸数帯と、築年数はそれぞれ次のとおりである(図1、図2参照)。


マンションの歴史は70年以上ある。2017年から現在までわずか8年足らずの間に、2016年以前と同数の6件で「マンション内保育園」が設置されている。また、300戸以上の大規模マンションでも設置数が3件となっている。
しかし、マンション内保育園があるからといって、マンションの居住者が優先的に入園できるわけではない。認可保育園の場合は、特定の人に優先権を与えることは許されておらず、入園希望者には平等にその機会を与えなければならないからだ。
一方、「大規模マンションにおける保育施設の設置促進について」の発出により、自治体との協議によってマンション居住者に入園の優先権を与えるマンションも出てきていると報道されている。しかし、調査対象の12件にはそうした保育園はない。マンション居住者もマンションの近隣住民と同等に希望者多数の場合は抽選等の対応となる。
マンションの販売段階では、「せっかくマンション内保育園があるのに、居住者が優先的に入れないのはおかしい」という声も聞かれたが、今のところ、当社ではマンション内保育園に落ちたことに対するクレームは把握していない。大多数の希望者はマンション内保育園に入園できているものと推測している。
3.マンション内の入居形態
マンション内保育園はどのような形態でマンションに入居しているのだろうか。次の3分類に分けて調査した(図3参照。)
①保育園の事業者が区分所有者であり、自ら運営している(図3において「区分所有者」という)
②保育園の事業者がマンションの共用部分(規約共用部分、団地型マンションにおける別棟など)を管理組合から賃借して運営している(図3において「共用部分の賃借人」という)
③保育園の事業者が区分所有者から店舗などの専有部分を賃借して運営している(図3において「専有部分の賃借人」という)
保育園の事業者が区分所有者である①のケースが6件と多いが、共用部分の賃借人というケースも3件ある。共用部分に保育園を開設するには、建築当初から園児の動線などの安全対策、保育園に通園する近隣住民がマンションのセキュリティラインを越えて出入りできるように配慮するなどの対応が必要である。こうしたことから、共用部分の賃借人であるケースは、事業主がマンションの販売時から保育園と契約を締結している。

4.事例研究
調査対象の12件のうち、保育園の運営に管理組合がなんらかの形で関与することになった事例を紹介しよう。
【事例1】
・入居形態 専有部分の賃借人
・概要
保育園から「既設のインターホンでは、夜間に来訪された方の顔が見えず、対応に苦慮している。既設のインターホンの他、ワイヤレスのカメラ付きインターホンを設置したい」という申し出があった。玄関ドア部分は共用部分であり、保育園がこのインターホンを設置するには管理組合の総会の決議が必要となる。園児の安全性などに配慮し、年1回の通常総会を待たず、臨時総会を開催してインターホンの設置を承認した。
【事例2】
・入居形態 専有部分の賃借人
・概要
当初、認可外保育園として運営していたが、認可保育園となるために自治体に申請をしようとしたところ「視聴覚障がい者誘導ブロック」「階段手摺り」の設置をするよう指導を受けた。設置場所はそれぞれ共用部分にあたるため、保育園から管理組合に対し次の条件で設置の希望が出された。
①工事費用は全額保育園負担。
②保育園が退去することになった場合でもそれらは設置したまま残す。
障がい者用の設備は将来的に高齢化が進む管理組合にとってもメリットがあり、総会にて承認された。
【事例3】
・入居形態 専有部分の賃借人
・概要
保育園から管理組合に対し、「避難車」(手押し車)を共用部分に置きたいという要望があった。要望を受けた理事会では、園児が緊急時に逃げ遅れるなどのことがあってはならないとして置き場所と使用方法について次の内容にて検討した。
①避難車の置き場所は自転車置場とする。自転車置場使用細則を変更し例外的に避難車を置くことを承認する。
②避難車の面積相当分を自転車置場と同等の金額とし、月額1,000円を保育園から徴収する。
自転車置場に空きがあったこともあり、総会にて承認された。

【事例4 閉園事例】
・入居形態 区分所有者
・概要
保育園は1階の専有部分を所有し、運営していたが、園児の減少により撤退することとなった。管理組合に対して専有部分の購入を打診。すでに集会室等はあったが、管理組合を法人化して購入することを検討。総会や理事会の開催場所の他、サークル活動などのコミュニティスペースとして購入することが承認された。また、保育園の内装のままでは使用できないため、費用をかけ、大幅なリフォーム工事を実施した。
【事例5 閉園事例】
・入居形態 共用部分の賃借人
・概要
団地型マンションの別棟である団地共用部分に保育園が入居し運営されていた。分譲時に事業主が保育園と賃貸借契約を締結し、管理組合に承継した。
しかし、園児数の減少により管理組合に対し退去の申し出がされる。もともと、事業主がマンションの建設時に自治体と子育て支援施設を誘致することを約束していたため、管理組合にて自治体と協議。子育て支援施設以外の用途で使用することの承諾を得る。保育園退去後、別の業種も併せて募集する。
現在では成人向けのフィットネス系スタジオとして運用されている。
5.事例からの考察
マンション内保育園は、子育て世代にとってはうれしい存在であることは言うまでもない。ただし、通園する子供の安全性の確保など、保育園の運営には通常の商業施設とは異なる厳しい基準が存在する。それらをクリアするためには、マンションの共用部分の変更等も必要となる。
また、マンションの築年数の経過とともに居住者の高齢化が進み、同時に園児数が減少する。近隣住民からも園児の募集ができるといっても、マンション内保育園の最大のターゲットはマンション内居住者なのである。子供の減少は、事業者にとっても打撃に違いない。保育園も採算があわなければ撤退していく。こうした場合、保育園の運営者が共用部分の賃借人である場合は特に、撤退後の利用方法について管理組合で検討しなければならない。
マンション内保育園は子育て期間中の「うらやましい施設」であるだけの存在ではない。
「子育ては地域で行うもの」ということは昔から言われ続けてきたことではあるが、マンションもまた地域なのである。子育て世代以外のマンション居住者もまた保育園の運営についてともに考える必要がある。子供たちが元気にマンションを出入りする姿は何年経ってもそのままであってほしいが、それには管理組合の協力が不可欠なのだ。
子育て世代がうらやむ「保育園のあるマンション」実態調査[1.2MB]
関連情報 参考文献
注1:国土交通省報道発表資料
大規模マンションにおける保育施設の設置を促進します ~国土交通省と厚生労働省連名で通知を発出~
https://www.mlit.go.jp/report/press/toshi07_hh_000116.html
注1-2:厚生労働省 保育課関係資料 61P~68P
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11901000-Koyoukintoujidoukateikyoku-Soumuka/0000199267.pdf

マンション管理士、防災士。株式会社リクルートコスモス(現株式会社コスモスイニシア)での新築マンション販売、不動産仲介業を経て、大和ライフネクストへ転籍。マンション事業本部事業統括部長として主にコンプライアンス部門を統括する傍ら、一般社団法人マンション管理業協会業務法制委員会委員を務める。著書『マンションの未来は住む人で決まる』が第15回不動産協会賞を受賞。