【世界のマンション ~日本編~】 軍艦島、築100年超の建物寿命を考える

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【世界のマンション ~日本編~】 軍艦島、築100年超の建物寿命を考える

その堅牢さは、自然と対峙するための知恵

小雨の降る、やや波の高い日だった。私は数年前に軍艦島(正式名は端島)を訪れたことがある。

小型の渡し船に乗船し軍艦島へ到着するも、停泊する船は時折水しぶきを高らかにあげるほど大きく揺れ上陸を妨げる。

「今、渡れ!」という船頭の合図により、私たちは今だとばかりに桟橋側へと飛び移り、島にその第一歩を踏み入れた。

住宅学者・西山夘三(にしやま うぞう)の高密度・高層炭鉱住宅での暮らしを紹介した『軍艦島の生活〜端島住宅調査レポート』は有名だ。当時の住宅不足の日本において、職住一体の環境で暮らす労働者とそのコミュニティについて書かれたものだ。
しかし、無人島となった今、そこに人の暮らしはない。
目の前に広がる、取り残された100年前の建物は、さまざまな思いを私たちに語りかけているようで思わず圧倒された。その時の私の記憶をたどりながら、建物の“寿命”とは何かを考えてみたいと思う。

軍艦島の建物に対する私の最初の印象は、あからさまにコンクリートが分厚く、鉄筋のピッチは狭く、ずいぶんと堅牢に作ったものだという感嘆だった。とはいえ建築は専門外の私にとって、どこの部位なのかは知る由もないのだが、崩れたコンクリート躯体の一部を見ての感想だ。

台風がくれば軍艦島は異常な高波に襲われる。海沿いの建物は、防潮堤も兼ね備え、海側の窓は小さく、また廊下を隔てて部屋が配置される。大波にたたきつけられても、びくともしないように作られているという。

コンクリートは、必ずクラック(ひび割れ)が入る。建築時に打設したコンクリートから徐々に水分が抜け、その際に乾燥収縮クラックが発生。これはコンクリートの宿命だ。

そして、雨水が染み込む。コンクリートは、本来はアルカリ性。しかし徐々に中性化が進み、中の鉄筋や鉄骨が錆びていく。鉄は酸化膨張により2.5倍に膨れ上がる。その結果、コンクリートは内側から砕かれていく。これが爆裂という現象だ。そうならないように、外壁のクラックを埋め、塗装でコンクリートを中性化から守る。これが、建物の大規模修繕工事の基本である。

建築基準法は、建物の最低基準を定めた法律。その、建築基準法の前身となる市街地建築物法が制定されたのが、大正8年と軍艦島の建物が出来上がってから後の話だ。

軍艦島は年中、海水をかぶり、海風がコンクリートに吹き付ける。建物にとっては最悪の環境であるはずなのに、100年もの時間を乗り越えてきた。軍艦島の高層住宅は、最低基準の法律に合わせ建てられたのではなく、厳しい自然環境を耐え抜けるよう、真摯に作られた傑作なのだろう。

それ故に、その堅牢なコンクリートの建物は、現在に至るまでここに存在しているのだ。

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コンクリートの建物は100年以上!?

もし、軍艦島の集合住宅が、計画的に修繕されていたのなら、今でも十分に住まうことができたのだろうという想いがよぎる。

ヨーロッパの石造りの建物では、あたり前のこととして100年・200年経つ中で生活が行われている。それだけではなく、古いほど価値が高く、人気もあるという。

地震が多い日本では、石造りはなじまないが、すでにコンクリートの中性化防止工法も確立しており、長持ちさせることは十分に可能だ。

二酸化炭素などのコンクリートの劣化因子を遮断し、中性化した部分を再アルカリ化させる、または腐食が開始している鉄筋には腐食進行を抑制する方法もある。いくつかの工程や工法を組み合わせることで中性化防止工事は可能なのだ。

しかし、わざわざそこまでしなくても、分厚く堅牢なコンクリートで作られた軍艦島の建物なら、適切に修繕をし続けていれば住む環境維持も十分可能だっただろう。

建物の“存在意義”から寿命を考える

改修工事のセミナーなどで、この軍艦島の写真を示して、「マンションは適切に改修を続ければ100年以上は、建物はもつ」と力強く唱える専門家がいる。

確かに、建物のハード面だけをとらえれば、間違いなくそれは事実だろう。しかし一方で、人の暮らしを考慮せず、ハード面だけで「100年を超えるマンションの持続の可能性が確保できる」と誤解を与えかねない話なのではないかと思ってしまう。

そもそも建物は、人が住む・人が使うから、存在意義がある。別の言い方をすれば、建物がまだ使えても、人が住まない・使わないということは十分にあり得る。その時点で、それが建物の寿命ということだ。

軍艦島は閉山が原因で人が住まなくなった。世の中を見渡せば、違った理由で人が住まなくなることは、いくらでも想定できる。

例えば、

①    100年を超えて維持させるためのコストと、建物自体の価値(建物の資産性)や人が住むための居住価値のバランスはどんどん崩れていくことになる。経済的合理性を考えれば、どこかの段階で維持することを止め解体した方が良いという判断もあり得るだろう。

②    住まう人の経済的事情もある。所有者が高齢になった場合、年金受給で維持コストを捻出できるのだろうか?人によって年金の受給額は異なるが、厚生年金があればまだ年間200万円以上は確保できるだろ。しかし月5・6万円程度の国民年金だけでは日々の生活だってままならない。経済事情は同じマンション内でも異なるだろうし、今の30歳・40歳が年金の受給を受けるときはもっと少ない額かもしれない。

③    そもそも、終の棲家として暮らし続けるにしても、その後に若い世代につなげていきやすい社会環境なのだろうか?少子高齢化・人口減少、そして住宅余りの時代という社会情勢を考えるべきだ。また、昔と今では暮らし方も違う。住生活の変化に建物が適合できず、サステナビリティが失われた状態で、人が住みつなぎ続けることは困難だ。
 

建物の寿命をあらかじめ予定する

人にもだが、建物にも、必ず寿命はある。その寿命を耐用年数や税法上の償却期間などに求める考え方もあるかもしれないが、いかに長く居住価値のある状態で使い続けるかという議論こそするべきである。同時に、来るべき寿命を物理的側面だけでなく、建物の存在意義、つまりは人が住みつなげられるかという点にスポットを当ておくべきなのだろう。

建物の寿命をあらかじめ予定し、それに向けて何をしていくかを考えていく。それが、マンションを所有しているすべての人の責任でもあるのではないかと思う。

本稿は、軍艦島の桟橋側に飛び移り、小雨が降る中、島を巡りながら感じたことを思い出しながら綴ってみた。

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丸山 肇
執筆者丸山 肇

マンション管理士。株式会社リクルートにて住宅情報北海道版編集長、金融機関への転籍を経て、大和ライフネクスト入社。管理企画部長・東京支社長などを歴任。マンションみらい価値研究所にてコラムニストとして活動。

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