シリーズ「共用部分と専有部分の狭間で」 第2弾 専有部分と一体で行う給排水管更新工事の注意点

長期修繕計画改修工事管理規約・細則
シリーズ「共用部分と専有部分の狭間で」 第2弾 専有部分と一体で行う給排水管更新工事の注意点

シリーズ第1弾「マンションの給排水管は誰のものか」では、共用部分から一体でつながっている給排水管は、どこからどこまでが専有部分なのか?漏水事故の責任は、誰にあるのか?共用部分の管理を行う管理組合が、専有部分と一体で雑排水管清掃を行うのはどうして?また、管理組合が給排水管更新工事を専有部分と一体で実施することはできるのか?などを整理してみた。

シリーズ第2弾となる本コラムでは、一体工事の必然性も再確認しながら、その際に注意すべき点を確認する。

長寿命化モデル事業に採択された3つの事例

最初に、令和5年度第1回の「マンションストック長寿命化モデル事業※ 改修工事支援部門」では、以下の3つが採択され事業の評価コメントが公表されている。

※ 高経年マンションの長寿命化等の取り組み事例や成果を広く公表するために、先導的なプロジェクトに対して国が費用の一部を補助する事業。(令和2年度からスタート)
※ なお、このコラムで紹介する採択された3件は、筆者が一部言い回しなどを変え要約しています。
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_fr5_000063.html

①    給排水管改修工事期間中の居住者負担の低減策や工事をきっかけにマンションコミュニティの向上に取り組む(築35年、45戸)
高齢者が多く住まうマンション。突発的な給排水管の漏水事故を防ぐために共用部分の給排水管と専有部分の給排水管等を一体で高耐久の配管に改修する。全住戸入室調査を行い、工事に合わせ各住戸の居住者情報を管理組合で取りまとめ、今後のマンション維持管理、共助、マンションコミュニティ向上などに役立ていくとした事例。

②    超高層マンションにおける仮設給水管等の工夫によるコスト削減および、居住者負担低減を実現する給排水管改修工事(築35年、328戸の超高層マンション)
使用限界と診断され排水不良も生じていた共用部分・専有部分の給排水管を一体で樹脂管に更新。排水システムも改良。また新設揚水管の先行設置を行い仮設給水管として応用。受水槽・高架水槽を耐震性の高いものに更新し、合わせてLED器具への省エネやバリアフリー対策を実施。工事に先立ち長期修繕計画の見直しを行い住民への丁寧な説明を行った事例。

③    大規模修繕工事の実施時期の見直しを伴う緊急性の高い排水管改修工事
(築35年、47戸)
大規模修繕工事の時期に排水管の漏水事故が発生。大規模修繕工事を5年延期し、排水管更新(一部更生)工事を実施する。大規模修繕工事を延期したが、ドローンでの外壁調査および外壁クラック補修を足場をかけずに実施。排水管については、全戸調査を踏まえて指針を作成、専有部分のリフォーム状況等の把握、樹脂集合管は遮音試験に基づき設計し改修工事を実施。専有部分も含めた一体工事を行った事例。

全住戸入室調査や専有部分のリフォーム状況等の把握住民理解を得るために樹脂集合管の遮音試験に基づいた改修計画を立てるなどの配慮。長期修繕計画の見直しや工事の優先順位の検証住民説明会の実施など、それぞれに深く考えられ、管理組合のご苦労がリアルにイメージできる。

この採択された3件すべてに共通している点は、対象とする工事が給排水管更新工事であること、そして専有部分との一体工事を目指していることだ。

シリーズ第1弾では、「管理組合が共用部分だけを更新しても、専有部分の更新を個人に任せてしてしまっては漏水等の予防保全にはならない。だから専有部分との一体工事を考えるべきではないか」と述べさせてもらった。

採択された3件すべてが、専有部分との一体工事であることを考えると、これからの“必然”は一体工事にあるといえるのかもしれない。

しかし、ここで一つ断っておくことがある。給排水管の素材は進化しているという点だ。最近のマンションでは、すでに建設時からポリブデン管・架橋ポリエチレン管などのような錆びない材質が採用されている。漏水の原因となるピンホールを引き起こす経年劣化がなく、半永久的に交換の必要がないものといっても良い。
給排水管を新しいものに交換する工事が必要になるのは、一昔前の材質の時代の、具体的には築30年目以降で、これからまさに給排水管の更新工事を検討しなければならないマンションだということだ。

一体工事で必要となる「管理規約の見直し」と「資金計画」

専有部分との一体工事が“必然”ならば、それでどんどん進めていけば良い、と早とちりしてはいけない。急がば回れということになる。

管理組合の修繕積立金で専有部分の工事と一体で行うためには、合理性があることが要件。もちろん、給排水管の更新工事は合理性があるといって良いのだが、合理性の判断は、組合員それぞれの理解度によって異なることも十分にあり得る。スタート時点ですでに組合員間の認識に大きな差があった、となってはいけない。

修繕積立金を専有部分の工事に使っていいのかという素朴な疑問だけなら、シリーズ第1弾で解説したとおりに説明すれば良いかもしれない。しかし、専有部分を含めれば工事範囲は増え、工事費用も跳ね上がる。資金の確保のために、修繕積立金の改定や借入れを組み込む必要性も出てくるだろう。

丁寧な説明を行い、組合員同士の理解度のレベル合わせができて、初めて管理組合全体で合理性を共有できるということだ。

その共有の結実をカタチにするということが、管理規約に反映させるということだ。いわゆる特別決議で管理規約の改定を行い、一体工事を管理組合ができることを明記する必要がある。

また、資金計画では、専有部分も含めた工事費用を盛り込み、借入れや修繕積立金の改定の必要性などを探り、長期修繕計画の見直しを行い、総会で長期修繕経計画の承認を取る必要もある。

もちろん、ここに至るためのプロセスには、一定の時間をかけ、説明会などしっかり対応することは必要だろう。

実施済み住戸への対応はどうする!?

一般的な工事として、工事範囲や仕様・金額、施工会社の承認を総会で通せば、前に進む話ではないということは、ご理解いただけのではないだろうか。

実は、管理規約や資金計画だけでなく他にも配慮するポイントがある。

すでにスケルトンリフォームなどで専有部分の工事を自費で済ませた住戸はどうするのかということだ。
当然、管理組合の費用で工事を行う以上は、不平等が生じてはいけない。よって、管理組合が実施済み住戸の所有者に補償金を支払う必要がある。では、その補償金の額はいくらなのかというと、また頭を悩ませることになる。

実際に管理組合で行った場合の各専有部分の工事費用といっても、各住戸ごとに給排水管の配置位置、壁・床の復旧範囲や仕様が異なる。工事を行わない専有部分も含め金額を算定していくこと自体が大変な作業になる。

一方で、不平等が生じないための補償金なので、実際の費用でなくても構わないという見解もある。よって、落としどころを実際に工事を行う部屋の費用の平均値などから算出したり、一律に100万円などと、決めていくことになる。

管理組合ごとに、相互に納得できる補償金の金額を設定するということになるわけだ。一体工事の大切さや必要性を管理組合全体で理解していれば、落としどころも見つけやすいだろう。

全戸入居調査が必要になる

もう一つ、実施済みの住戸を特定していく必要があるのだが、アンケートで聞き出せば良いというものではない。

補償金を目当てに、実際には工事をしていないのに済ませたとまで言ってくる人は、さすがにそうはいないと思うが、後々のトラブルを考えたら性悪説に立たざるを得ない。さらに一番多いのは、自分の部屋がすでに給排水管更新工事を行ったのかどうかさえ、よくわかっていないケースだろう。

中古で購入し、前の所有者がすでに済ませていたことを知らない。前の所有者が済ませていると思って購入したが、実は工事されていないというケースはよくありそうだ。不動産会社が新品同様の内装にリノベーションして販売するケースも最近は多い。その場合も同様だ。

給排水管更新工事を行うタイミングとなったマンションでは、ある程度経年が進んでいることから、すでにご自身でキッチンやユニットバス、洗面台、トイレなどの住宅設備の入れ替え工事を済ませた人も多いだろう。リフォーム業者が、給排水管も新品にしておきましたといっても、すべてではなく部分的な交換に過ぎないケースも多い。

給湯器から温水の蛇口につながる給湯管からの漏水もまた、意外と多い事故だ。もう少し新しいマンションでもありうるわけだが、マンションストック長寿命化モデル事業でも紹介した築30年以上のマンションの給湯管には銅管が使われている。長年使っているうちに気泡が銅管の内側にぶつかり、その衝撃の連続がいつの間にかピンホールという小さな穴を開け漏水に至ることがある。漏水事故の復旧時にすべて新品にしたと記憶違いをしている人もいるかもしれない。ピンホールが生じた部分のみを補修していたとしたら、交換をしていないのと同じことだ。

床下などの目に見えない部分にあり、かつ30年ほどの長い年月を振り返るわけだから致し方ないが、不確実な記憶に基づき工事計画を立てるわけにはいかない。

専有部分の給排水管更新工事の予算を作るときは、部屋のタイプごとに代表的なサンプルを作り、概算費用を算出するなどで計画設計を行うことになるだろう。施工会社などを決めてから、改めて全戸入居調査を行ってもらい、実施済み住戸を特定する。また工事が必要な部屋はそれぞれの正確な費用などを調べ上げることになる。

管理組合としては調査結果を部屋単位で精査し、工事日程などの検討を加え、やっと実施設計を作り上げるという順番になる。

一言でいえば、専有部分との一体工事は、えらく大変な作業だ。ごく小規模のマンションなら可能かもしれないが、ある程度の規模のマンションなら、管理規約・長期修繕計画見直し・資金計画や調達の検討、計画設計、全戸入室調査から実施設計へと、工事完了まで2~3年はかかりそうだ。

専門のコンサルタントに依頼して進めるのも一つのやり方だろう。

シリーズ第3弾では、一体工事に向けて奮闘中の管理組合の実例から、長期修繕計画の見直し、資金調達や施工会社選定など、より具体的に整理していく。

丸山 肇
執筆者丸山 肇

マンション管理士。株式会社リクルートにて住宅情報北海道版編集長、金融機関への転籍を経て、大和ライフネクスト入社。管理企画部長・東京支社長などを歴任。マンションみらい価値研究所にてコラムニストとして活動。

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