だれかに「助けてもらう」という、認知バイアス
東日本大震災の爪痕が残る翌2012年のこと。首都圏にあるマンションでこんな話があがった。
「住み込み管理から通勤方式に変更したい」
これは、管理会社から理事会に対し、管理員の体制変更についての申し入れだ。マンションは築30年を越え、高齢者世帯も多い。悩んだ理事会は、この大きな仕様変更について住民アンケートを取った。
「東日本大震災では、エレベーターが止まった。独り暮らしの人も多いし、夜間、停電になったら、管理員がいないと不安」など、予想通り難色を示す声は多かった。
その後、住み込み管理員を提供できる管理会社に変更しようという動きもあったが、ほとんどの管理会社が辞退。すでに住み込みという働き方を良しとする時代ではなくなっていたことが影響する。致し方なく管理組合は、申し入れを受け入れることになる。しかし、なぜ、住民は住み込みにこだわったのだろう。
冷静に考えれば、広域停電や断水、エレベーターの復旧を、住み込み管理員が対応できるわけではない。安否確認も住民同士で行った方が、よっぽど早くて確実だ。住民が住み込み管理員にこだわるのは、住民らで自主的に「助け合ってなんとかする」のではなく、だれかに「助けてもらう」という意識が強いからだろう。
マンション防災の最大の弱点は、この「助けてもらう」という認知バイアス。日常の管理運営でも、だれかがやってくれるはず、と思う心理と同じものだ。
さて、被災し建物が大きく損傷したら、管理組合や区分所有者は、大変な苦労と負担を強いられることになる。復旧だけでなく、解体除去に至るケースもあり得るだろう。だれかに「助けてもらう」という認知バイアスのままで、果たして乗り越えて行けるのだろうか?
生活基盤は、「医・職・住」
防災は、発災期・避難生活期・復旧期の3つの期に分けて考えるのが一般的だ。
社会インフラの機能が徐々に元に戻っていく時期が復旧期で、同時に自分や家族のために生活基盤を復旧させていくタイミングとなる。健康文化都市の考え方を借りていえば、生活基盤とは“医・職・住”。
“医”は災害後の心身の健康環境のことで、復旧期でも災害関連死は実際に発生している。“職”は経済的な困窮に陥らないための収入を確保することで、中には災害によって職場を失う人もいる。このように “医”も“職”も大切だが、生活復興の起点は、安心して暮らせる住まい、“住”であることは間違いない。
復興の起点 “住” マンションの難しさとは!?
さて復興の起点といえる“住”、マンションの場合はどうなのだろうか。
複数の所有権が存在し、さまざまな価値観や事情の異なる人々が暮らす区分所有建物がマンションだ。通常時でも合意形成に苦労する管理組合は多いが、時間をかけて説明し歩み寄れば、なんとか賛同を得ることも可能だろう。しかし、震災後の復興期は事情が異なる。
なぜなら、
①時間は限られ ②多額の復興資金が必要となり そして、③被災により区分所有者間の合意形成がさらに難しくなる からだ。
熊本地震では県内で19棟が全壊した。全壊とは、復旧工事で収まるような話ではなく、多くは建物の解体除去が必要になる。ずっと住み続けるつもりでいたのに、瞬時に何十年もタイムトリップしてしまうような話だ。徐々に古くなるなら10年程度かけてじっくり議論を重ねていくこともできるだろうが、公費解体※などの国の制度を申請するなら1年程度で合意形成を行わなければならない。
半壊となり復旧するのに大規模修繕工事以上の費用が発生してしまったマンションも多くあった。大規模修繕工事を終わらせたばかりのマンションでは修繕積立金も底をつき、資金を改めて用立する必要も生じた。
そもそも時間を引き延ばすことはできない。よって、“お金の工面”と“それぞれの事情”をどうクリアしていくかが、マンションの復興のポイントになるのは確かだろう。
さて、日頃からの心構えや備えなど、意識しておくべき点とはなんだろう。
※公費解体
資金対策のひとつにもなり得る制度。詳しくは、この後の「合意形成のための対策1」で解説しています。
合意形成のためには、まず“お金”
資金がないから合意形成が取れないというケースは多い。そのほとんどがここでつまずき、前に進まなくなる。かといって、大規模修繕工事1回分ぐらいの資金を常に蓄えておくというのも現実的ではない。
そこで、日常の備えで資金対策をする方法について考えてみよう。
■資金対策その1:共用部分・専有部分に地震保険をかけておく
共用部分の地震保険は、管理組合が火災保険の特約でかける保険である。しかし、火災保険ならまだしも、来るかどうかわからない地震に高い保険料をかけることに躊躇する管理組合もまだ多い。自分のマンションだけは地震で壊れたりしないというバイアス(専門的には正常性バイアスという心理)も働いているのだろう。
専有部分の地震保険は、個人が家財保険の特約でかける保険だ。40歳前後の一般的家庭の家財の再調達価格(新価)は、1千万円を超えるという。(あいおいニッセイ同和損保HP より)
熊本地震では、建物の損傷が軽微でも専有部分から排出された震災ゴミが山積みになり公道まであふれていた。家財も生活には欠かせない。個人の生活復興資金として有効な手立てとなる。
■資金対策その2:被災者生活再建支援金(全壊・大規模半壊・中規模半壊の場合)
被災者生活再建支援法に基づき、マンションが全壊などに認定されると被災者生活再建支援金が支給される。
① 基礎支援金:住宅の被害程度に応じて支給されるもの
全壊・解体・長期避難_それぞれ100万円(全壊の場合)
② 加算支援金:住宅の再建方法に応じて支給されるもの
建設・購入_200万円・補修100万円(全壊の場合) など
中規模半壊も平成2年より追加され支給対象になったが、被災区分により支給額は異なる。具体的な内容や手続きはその時に再確認してもらうとして、まずは支援金という制度があることを心に留め置いておこう。
■資金対策その3:災害救助法 “応急修理”制度
倒壊して家を失った人を優先し避難所や仮設住宅を供給する必要がある。応急修理とは、修理により在宅避難などができる場合に修理費用を補填する制度になる。被害の程度や被災者の年収制限などにより受け取れる額は異なるが、1世帯当たり60万円程度の支援が受けられる場合もある。管理組合でまとめての申請ができ、例えば100戸のマンションで50戸が共用部分を修理しないと住めない状況である場合は50世帯分という計算になる。
マンションでは、東日本大震災から利用できるようになったが、熊本地震では要件が変更されている。本制度の存在をを心に留め置き、必要に応じて再確認して欲しい。
■資金対策その4:借入れ制度 災害復興住宅融資(マンション共用部分補修)
工事費用の100%を低利・担保なしで住宅金融支援機構が融資する制度。
融資条件として、日頃から適正な管理を行っているかどうかも問われる。例えば修繕積立金では、①管理費会計と区分経理がされていること、②滞納割合が原則10%以下であること、③保管名義(理事長名義)など。また④管理規約では会計に関する定めなどがある。下記のURLから確認し、融資が受けられる健全な管理を日頃から心がけておこう。(住宅金融支援機構HPより)
それぞれの事情を抱える区分所有者間で、合意形成を図るために
さて、被災により合意形成が難しくなることは先にも述べたが、具体的にはどういった弊害があり、どうしたら対応できるのだろう。
■合意形成のための対策1:名簿の整備と適正管理
熊本地震では、震度6強の前震、そして2日後に震度7の本震と、2度の大きな揺れが襲った。在宅避難していた住民の多くが2度目の揺れで避難所などに向かい、マンションはもぬけの殻になったという。
避難所でしばらく生活する人、そのまま他県の実家などに移り長期間マンションに戻らない人も多数いたという。その結果、連絡がつかず、復旧や解体をしようにも総会が開催できないマンションもあった。
特に解体では、多額の費用が発生する。億単位の解体費を管理組合の自費でまかなうのか、公費解体でやってもらえるか、その差はあまりにも大きい。
災害廃棄物処理事業の一環で利用できる公費解体は、被災マンション法とは異なり総会の4/5以上の賛成だけでは条件が満たされない。賃借人なども含め全員の残置物の放棄などの承諾が必要になり、また抵当権者等との調整も必要になる。しかも申請期間は原則1年しかない。
日頃から、区分所有者名簿・居住者名簿が整備され、緊急連絡先などが都度更新されていなければ全員の同意は難しいということだ。
名簿の保管方法も大切だ。管理事務室の鍵付きのロッカーに入れていていても、震災で取り出すことができなくなることも十分にあり得る。クラウドなどにセキュリティをかけたデータで保管しておく方法も検討しておきたい。
■合意形成のための対策2:所在不明者・相続放棄
最近よく聞く問題だが、専有部分の所有者が不明な空き家(所在不明者)や相続放棄などにより所有者がいないケースは厄介だ。通常時でも管理費等の請求先が不明、もしくはいないということになるが、解体や建て替えなど復興を進める上では障害となる。日頃から放置せず、弁護士などに相談しておく必要がある。
■合意形成のための対策3:滞納者
滞納者への対応はどうしているだろう。
単に一カ月分を忘れてしまった程度なら良いかもしれないが、年に1回程度気が向いた時に一括で入金してくる人、督促しても全く連絡のない人もいる。
仮に被災者生活再建支援金が入るなら、管理組合としてはまずはそのお金で滞納分を支払ってもらいたいし、回収していくのも管理組合の義務だ。
また、資金対策その4でも解説したが、災害復興住宅融資で再建を図ろうにも修繕積立金の10%以上の滞納があれば原則融資は受けられない。これは致命的な障害になりかねない。
公費解体を管理組合が申請するにあたり、残置物の放棄を認める代わりに滞納金をなかったことにさせようとした滞納者もいたという。自主解体なら億単位の解体費用がかかる、数百万円の滞納金を見逃せば公費解体が受けられる。どっちが得かという論法だ。
いずれにせよ、滞納には事務的に督促や法的手段などのルールを決め、日頃から確実に対処しておくべきということなのだ。
東大地震研究所の三宅先生の話では、首都直下地震は、M8クラスの関東大震災ではなく、断層で発生するM7クラスの地震が複数回連続して発生する可能性があるとのこと。つまり、熊本と同じような発生の仕方なのだろう。複数回の大きな揺れで、建物の損傷はより大きくなり復旧費用はさらに膨らむかもしれない。また何度か襲ってくる揺れで、区分所有者も在宅避難が怖くなり、長期間、実家などへ避難してしまうかもしれない。緊急連絡先が整備されていなければ総会もままならず、復興への道も遠くなるわけだ。
発災期や避難生活期に向けての防災マニュアルなどはもちろん大切だが、生活復興に向けて管理組合が日々の運営を通しての備えや心に留め置くことを「資金対策」と「合意形成のための対策」の2つに分けて整理してみた。そんな視点で、再度チェックしてみてはどうだろうか。