マンションの管理員とは
マンションの管理員の一般的なイメージは、高齢で、黙々とマンションの清掃や巡回をしている姿だろうか。一見すると管理員業務は単純な仕事のように思われるかもしれないが、本当のところはそうでもない。
平たく言うと、管理組合との管理委託契約書に定められた管理員業務が管理員の仕事である。具体的には、清掃や巡回の仕事に加えて、管理組合の理事会や総会の運営補助、所属する管理会社の法的対応の補助(適正化法における現地への掲示など)、マンションの駐車場や駐輪場の契約状況の管理・契約書類の対応(正確な対応のために管理規約を把握しておく必要もある)など多岐にわたり、それぞれが複雑だ。それなのに、その仕事をしている管理員は、大抵のマンションでは1名勤務であることが多く、まさに孤軍奮闘している。
管理員の年齢は60歳以上が8割を占めており、ここだけは一般的なイメージと合致するかもしれない。つまるところ社会人としての大先輩なのだが、実は会社を経営しています、元エンジニアです、なんていう人もいる。
それぞれの工夫と表彰制度
管理員は、日々の仕事の中で、居住者の満足度向上のためであったり、業務の効率化のためであったり、それまでの社会人経験で培ったスキルを活かしてさまざまな工夫をこらしている。
例えば、マンションごとにゴミ出しスペースの広さ、居住者の人数は異なるし、分別ルールも地域ごとに異なる。そのなかで、居住者にとってわかりやすい掲示物を作成したり、ゴミ収集を円滑に進めるためにゴミ回収ケースの配置を工夫したりしている。また、管理員自身でゴミ回収ケースを試行錯誤しながら製作することもある。それぞれのマンションの状況に合った工夫をこらしているのだ。
当社には従業員を対象にした表彰制度がいくつかあるが、そのなかで「KAGAYAKI-1(かがやきーワン)グランプリ」という管理員の成果や実績にフォーカスした表彰制度がある。毎年開催され、200件以上の応募が寄せられる。表彰の対象は、先に述べたような管理に必要な道具を製作するような取り組みであったり、業務に役立つノウハウであったり様々だ。
この表彰制度には事務局側として関わる機会が非常に多かったこともあり、いくつか心に残っている管理員の取り組みがあるので、ここで紹介する。なお、選択した取り組みは完全に私の独断と偏見によるもので、受賞結果とは無関係であることをご了承いただきたい。
(1)管理員業務の手引きを動画化
これは最近の取り組みだ。前提として、管理事務室での業務に関わる資料はほとんどが紙である。マンションごとに異なる設備の説明書や事務の対応手順も紙で保管されている。
そのような中で、新しく着任した管理員や代行管理員に、視覚的にわかりやすく、正確に情報を伝えるために、管理員としての各種設備の取り扱い方法や事務作業の対応手順を動画に収めた、という内容だ。
管理員はマンションごとに会社から貸与されている社用のスマートフォンで、機器を操作するときの様子を動画に撮影し、設備や事務作業の名称をつけて保存しておく。そして新しい管理員や代行管理員は、操作方法や対応方法を動画を再生して確認する。紙だけの情報では、伝える側にとって説明しづらいこと、受け手にとってはわかりづらいこともあるが、動画にすることで正確に伝達することができ、また動画を繰り返し見ながら確認をすることも可能で、漏れなくわかりやすく情報共有できる、というわけだ。
私はこの取り組みの応募概要を見たとき、「とうとう管理員が動画を作る側になる時代がきたのか!」と感動した。スマートフォンの貸与があたり前となり、最近ではマンション管理業でも業務マニュアルなど会社側が動画で情報を発信する機会が増えている。それでも、60歳以上が8割を占める管理員がスマートフォンを使いこなすことは難しいのではないかと言われ続けていた。
しかし、スマートフォンが社会に浸透した今、管理員の中でもそれを使いこなせる人が増えてきている。そして、情報をただ受け取るだけではなく、マンションごとに違う自分たちの業務を動画で次に伝えようという想いを持って実行する人まで現れたわけだ。この大きな変化に私はいたく感動したのである。この年の私のイチオシの取り組みだった。
(2)種類別ゴミ出し位置指定ポール
これは、マンションのゴミ置き場の前に近隣のゴミ集積所があるマンションで、近隣住民にきれいにゴミを出してもらうための取り組みである。一見、マンションのゴミ出しの業務そのものと関係ないのではないか?と思うかもしれないが、近隣住民の出したゴミが散乱してマンションの敷地内や植栽に入ってしまったり、うまく区分けされずに雑然としていたりしたら、マンションの美観を損ねてしまう。応募者は、そういった問題を解決するために、ゴミ出し位置をわかりやすく表示するためのポールを作ろうと思ったという。
重さのあるコンクリートブロックの土台に、軽量の水道用の塩化ビニルパイプを差せるように工作し、塩化ビニルパイプには、ラミネート加工したゴミの種類別の表示を貼り付けている。
マンションの美観を損ねないことや、視認性や耐久性、持ち運びのしやすさなどが考え抜かれたグッズである。さらにすごいのは、このポールを使う前後でのゴミ出しの状況や対応を記録し、当初の課題を解決するために有効か否かが簡潔にまとめられている点である。ただ切って貼って作った、だけではなく、そのグッズの効果や改善点などが研究されているのだ。
この応募をした管理員の、マンションの課題解決に対する熱意が素晴らしいと私は思う。漫然とゴミ出しの仕事をするだけでなく、問題を捉え解決のために自らの手を動かし、その効果を検証する。どのような仕事においても手本となる姿勢だと思うと同時に、管理員が想いをもって、ポールを作成する姿を想像するとなんだかとても心が癒されるのだ。
この取り組みは、集積所でゴミを種類ごとに区別して出していただく、という点では効果があったとのことで、マンションの居住者からも近隣住民からも感謝の声が寄せられているそうだ。一方で、ゴミの出し間違いや敷地内にゴミが入ってしまう状況はイマイチ改善されていないらしく、今後の課題として受け止めているとのこと。この管理員が次にどんな手を打つのか。マンションにおけるゴミ出しは、奥深い。
(3)マンションにおける高齢化対策
マンション居住者の高齢化は、マンションみらい価値研究所でも何度も取り上げているとおり、現代の課題のひとつである。
これは、実際にマンション管理の現場で居住者から「家族が認知症となった」「重篤な病気となった」などの話を聞いた管理員が、自分に何ができるか?自身の知識向上のために何が必要か?と考え行動した取り組みだ。
この応募をした管理員は、認知症の居住者や高齢の居住者の親族がマンションに来たとき、「何かあったらよろしくお願いします」と声を掛けられることがあるらしい。そのときに、名前と電話番号をお伺いしておき、緊急事態というほどではないけれども親族に連絡をしたほうがよいような状況となったときに連絡を入れるようにしていた。
実際に、認知症の居住者がデイケアの時間を間違えてずっとエントランスで待ち続け、管理員が何度声をかけてもお部屋に戻られず、書き留めていた電話番号から親族に連絡をとり状況を伝え、その親族の方がマンションまで来られたこともあるそうだ。
重要なのは、管理員がそういった動きを居住者や親族に押し付けているのではなく、親族からの相談を受け、管理員の気遣いとして動いているという点である。
さまざまな人が暮らすマンションでは、個人情報の取得であったり、近隣関係を望まない人もいるため、こうした対応をどうするのかは難しい問題である。このマンションでは、あくまで最初の段階では管理員は受け身でおり、居住者から相談を受けたときに初めて動く、としている。恐らく、このマンションの特性、そしてこの管理員と居住者の関係性があって成り立っているものだと思う。
またこの管理員はほかにも、理事会とも相談のうえで、救急隊がかけつけたときに重要な医療情報を確認するための緊急医療情報キットの配付を社会福祉協議会に相談し、希望する居住者に配付したり、周辺地域の管理員とともに市民出前講座「認知症養成講座」を受講したりしている。
応募資料の最後に、「まず動いてみることが大事だ」とこの管理員は述べている。「理事会などと相談しながら、自分のできることを少しずつ実行していきたい」という言葉から、控えめながらも強く人を想う気持ちがひしひしと伝わってくる。
自分にできることはないか、そう考え実行すること、そして自分の身の回りにいる人を想う気持ちを持つことが、高齢者が安心して過ごせる社会には必要なのだと、心底感じた。
最後に
今回紹介したもの以外にも、代行管理員への業務の引継ぎの工夫や、PCスキルを活かしたExcel業務ツール、ゴミ収集におけるカラス対策など、管理員の業務における工夫は枚挙にいとまがない。毎年集まる作品を確認するたび、本当に驚かされる。
表彰の受賞者には事務局がインタビューするのだが、「管理員の仕事は面白いですよ。大変なこともあるけど、最高の生きがいです」とコメントをもらったことがある。「最高の生きがい」。60年以上の人生を歩んできた先輩から聞く言葉として、これ以上のものがあるだろうか。
社会人の大先輩方が、マンション管理の現場で強い想いを持って、それまでの人生で培ってきたスキルを発揮している姿はまさに輝いている。