ヨガを通じた地域の居場所づくり

「吐いて・・・1、2、3、4・・吸って・・1、2、3、4・・」その声に合わせておなかが膨らみ、お尻に力が入る。参加者は中高年が多い。周囲から呼吸音が聞こえるが、緊張感はなく皆がリラックスしている。初めて参加する人も、もう長いこと一緒にヨガを楽しんだ仲間同士が集まっているかのようだ。
「健康」をテーマにした対談の第2弾として今回は、千葉県北西部を中心にヨガクラスを開催しているヨガインストラクターの松田優子さん(私はいつも彼女を「優子先生」と呼ぶ)を紹介しよう。私は優子先生のヨガクラスに肩こりが限界に達した時に駆け込む。もう10年くらいになるだろうか。今回は優子先生の「呼吸を意識する」をテーマとするヨガクラスに参加した。
優子先生のヨガクラスは、参加者との対話から始まる。「では、ひとりずつ、テーマは何でもいいので、最近のトピックスを話してください」そう言われて、体の調子の良し悪しを語る人もいれば、仕事の話をする人もいる。千差万別だ。そうした「よもやま話」が一通り終了すると、優子先生の話が始まる。

人は1日に21,000回も呼吸をしているそうだ。息の長い人もいれば、短い人もいる。おおむね、息の長い人の方が長生きをすると言われているらしい。それなら、長い息ができるようになりたいものだ。さらに、人は緊張する場面にいる時に呼吸が速くなる。肩を上げ下げして「肩呼吸」をしてしまう。こうなってしまっては、寿命は短くなるわ、肩はこるわでいいことは全くない。「今日は呼吸に意識を向けていきましょう」そんなお話があって、呼吸とともに体を動かし始める。
いきなり「ハイ、始めます、ハイ、腕を上げて、ハイ、四つ這いになって...」というよくあるヨガ教室とは全く違う。
運動としてのヨガのよいところは、自分の運動能力の範囲で体を動かすことができる点だ。インストラクターと同じポーズがとれなくてもいい。むしろ、そんな運動神経と柔軟性を持ち合わせている人はそういない。
「自分のできる範囲で、無理しないで」という優子先生の掛け声を何回聞いただろう。それでも怠けているとばれる。「もうちょっとこの足、上がるはず」とすぐに見抜かれる。レッスンに参加した後は、当日はもちろん、その後も何日かすっきり感が続くのが魅力だ。

レッスンが終了すると「ああ、息をしたな」という得も言われぬ感覚に包まれた。終了してからも優子先生とよもやま話がしたくて残るメンバーもいる。次の予定があるからと言って急いで帰る人もいる。その頃には、名前も知らない人同士でも「またね~」と声を掛け合う関係になっている。
「優子先生がヨガインストラクターになったきっかけは何ですか」あらかじめインタビューを申し込んでいた私は、ありきたりの質問をぶつけてみた。
「みなさんの健康づくりのお役に立ちたい・・」「ではないのです、うふふ」といきなりのジャブ。「え、違うのですか、今の言葉、メモしてしまいました」と慌てて二重線を引く。
20代の頃、会社員をしていた優子先生は、人間関係に嫌気がさして会社をやめてしまう。すぐに再就職はせず、その頃通っていたスポーツジムでヨガに出会い、のめり込む。当時、優子先生が師事していたヨガインストラクターに「いっそのこと、教える側になれば?」と誘われ、インストラクターの道に。「人のためではないのです、自分のため」と笑う。
それでも、長く続けるうちに、心境の変化が現れたそう。「私の教室に来ていただくみなさんも、だんだん歳をとっていきます。特に会社を定年退職した方や、今まで特に趣味のなかった方は、家に閉じこもりがちになってしまう。何かちょっとしたきっかけがあれば、外に出るようになります。それが私のクラスのヨガであれば、健康づくりだけではなくて、コミュニティへの参加にもつながると思うのです」
「現代社会は緊張することばかり。だから、無駄話をして、体を動かして、息が吐ける場所、そんな場所を提供したい。地域にひとつくらい、そんなヨガクラスがあってもいいよね、と思ってやっています」と語る。
確かに、大手スポーツジムの既存のコミュニティには入りにくい。私にも経験があるが、ヨガレッスンの始まる前、スタジオのドアが開いた瞬間、場所取り合戦が始まる。どんなに早くから並んでいても上級者でなければ、インストラクターの目の前の最前列にマットを敷くのははばかられる。そこは、暗黙の了解で、常連の上級者のマットが敷かれる場所となっている。その最前列を中心として、内輪の会話が飛び交う。周囲の人には何の話かはわからない。レッスンが始まっても、最前列の方々の柔軟性は格別だ。鏡に映る自分の姿と比較するといたたまれない程に恥ずかしくなる。「このコミュニティに私が入ることは絶対にないだろう」そう思った。すでに、スポーツジムは退会してしまったが、そういう居心地の悪さも退会理由のひとつであった。
大手スポーツジムのインストラクターとしての経験もある優子先生は、そんな私のような生徒がいることもよくご存じなのだろう。
「私のクラスは、初めて参加する方が緊張せず、自然に溶け込めるようなコミュニティづくりを意識しています。参加者同士が気持ちよく交流でき、レッスン後も「また来たい」と感じてもらえる居心地の良い「息が吐ける場所」を提供したいと思っています。解剖学ベースのレッスンだから自然と、繊細に体を動かせるようになります。体や意識の変化を実感できる、という点で他のクラスと差別化を図っています」
今日も、たまたまネットでこのクラスの記事を見かけたという女性がひとりで参加されていたが、とても「初めて」という感じがしなかった。さらに偶然であるが、マンションの管理員をしているという男性とも出会った。72歳であるというが、そんな年齢は感じさせない。背筋が伸び、ポーズの最中もぐらつかない、しっかりとした体幹の持主だ。管理員業務は、脚立に乗ったり、階段を清掃したりする。そうした仕事に必要な筋力が「体幹」である。
優子先生から紹介され、お話を伺った。彼は、長く働くための体づくりと、日ごろのストレス解消のためにヨガを始めたと言う。
「勤務先のマンションの居住者から『いつでもシャキッとしている』と褒めていただいています。先日も、同窓会仲間の女性から、『あんた老けないわね~』と言われました」と微笑む。すでにヨガ歴は長いそう。長く続ける秘訣を伺ってみた。
「これまでも、ヨガポーズの形や瞑想にこだわりを持つクラス、ぐっしょりと汗をかくほど体を動かし、満足感を得られるクラスなどにも参加してきましたが、途中で飽きてしまいました。長く継続するには、自分にあったクラスに出会うことが大切。このクラスは、今日は何を目標として、体のどの部分を動かしているのかを意識させてくれます」とのこと。
「レッスン中、先生からどの筋肉が使われているか、さらに相対する筋肉について説明があります。それを意識して体を動かすと、筋肉の使用前、使用後、実際の体調の変化に気づかされるんです。時折、参加生徒から体の悩みや体調不良の原因などについての相談があり、自分ごととして共感する時もあります」だそうだ。
レッスンごとに目標設定をすること、使う筋肉に意識を向けて変化に気が付くこと、それが彼にとっての長続きの秘訣なのだろう。自分に合ったクラスに出会うことは、日々の生活を豊かにしてくれるに違いない。
「たった1枚のマットがあなたの10年後をもっと自由にする」これが優子先生のヨガのコンセプトだそうだ。10年後に得られる自由は、体の自由だけでなく、コミュニティを通じた精神の自由も含まれるのかもしれない。
マンションのコミュニティ活動は、2016年にマンション標準管理規約からいわゆる「コミュニティ条項」が削除された時に議論が活発化した。世論はおおむね「コミュニティ活動は必要だ」と意見が多数派であったように思う。管理規約がどうであれ、何らかの形でコミュニティ活動が行われている管理組合は多い。
一方、現在マンションのコミュニティ活動は、参加する方としない方の二極化が進んでいる。参加しない方の心理的抵抗感には「既存コミュニティへの入りにくさ」もあるのではないだろうか。さらには、参加を促す側もマンション内コミュニティにこだわりすぎていないだろうか。
地域のコミュニティ活動への参加は、何もマンション内に限ったものではなく、広く地域全体に開かれた活動であってもよいだろう。見ず知らずの人と話をする方が、実は本音で語り合えたりすることもある。家を出て、健康づくりや友人づくりができるきっかけがあれば、何もマンション内にこだわる必要はないはず。インターネットで検索すると、地域の方を対象にした実にさまざまな活動が紹介されている。
あなたの街にも、きっと何かのきっかけづくりやコミュニティづくりの活動をしている「優子先生」がいるはずだ。ちょっと勇気を出して扉をたたいてみよう。

ヨガインストラクター
UcoYoga主宰 松田 優子
千葉県柏市、流山市を中心に活動。Zoom開催のクラスもあり。
今回ご紹介した呼吸をテーマにしたヨガの他、パワー系のヨガなどさまざまなクラスがあります。お気軽にご参加ください。
https://ucoyoga.jp/profile/
開催間近!マンションみらい価値研究セミナー
災害レジリエンスを高める木造モバイル建築~令和6年能登半島地震における本設移行可能な応急仮設住宅の事例~
3月13日(木)16:00~
>詳しく見る

マンション管理士、防災士。株式会社リクルートコスモス(現株式会社コスモスイニシア)での新築マンション販売、不動産仲介業を経て、大和ライフネクストへ転籍。マンション事業本部事業統括部長として主にコンプライアンス部門を統括する傍ら、一般社団法人マンション管理業協会業務法制委員会委員を務める。