「幸福度」という考え方で、マンションの明日を想像する【後編】

コミュニティサステナビリティ高齢化社会
「幸福度」という考え方で、マンションの明日を想像する【後編】

前編コラムを要約しておこう

島原万丈氏の論文「地方創生のファクターX_寛容と幸福の地方論」で論じられている寛容性や幸福度の考え方をマンションに置き換えてみた。

仮説として浮上したのは、高経年マンションの再生や健全化が難しくなってしまうのは、「さまざまな考え方や想いを相互に理解し合い、どうしていくべきかを考えよう」という前向きさを発揮できない“空気”があるからということ。

「相互に理解し合う」とは多様性を理解すること、「どうしていくべきかを考える」とは創造性を大切にすること。しかし、そうならない“空気”が管理組合にあると、再生や健全化は難しくなる。“空気“とは、コミュニティの寛容性が低く、多様性を認めず創造性の芽を摘んでしまうムードを比喩している。この辺りは、協調性を重んじる日本人特有の、ややもすれば行き過ぎた同調圧力が多様性を否定してしまうことになることにも触れて解説をした。

当然、そんな“空気”のマンションは幸福度は低く、若い世代が住んでみたいと思えるマンションではない。そして、選ばれないマンションは、悲しいかな持続可能性も失われてしまうということになる。

また、購入を検討する者がどうやって情報を集めているのかという点についても整理した。幸福度の高い中古マンションかどうかを見極めるための情報は、今やインターネット上のいたるところに転がっている。そして、購入を検討する世代は、これらの情報を吸い上げるのが得意なデジタルパイオニアでもあると、若い世代の行動特性についても少し触れさせてもらった。

後編では、一次取得層にあたるこの世代の価値観や行動特性を深掘りし、また寛容性や幸福度について、具体的な想定を加えていく。

前編の読み直しはこちら> 

一次取得層の世代を深掘りしてみる

オリンピックでも、世界陸上でも、試合に負けた選手のインタビューでの発言はこの10年余りで大きく変わった。この変化、お気付きだろうか?

一昔前の「応援してくださった皆様には申し訳ない」的な“謝り発言”は姿を消しつつあり、最近は「とっても楽しめました、みなさんありがとう」と、敗北であっても、楽しんだ自分自身を褒め、みんなに“感謝”を伝えることが増えているように思う。選手によって強弱はあるが、その前向きさから一瞬、勝利したかのようにさえ聞こえることがある。

これがWell-beingであり、明日の夢を叶える原動力になるのではないだろうか。私はこういうコメントがとっても好きだ。

敗北をどう捉えるかは、どんなに努力しても報われないこともあるという“さとり”であり、また“謝る”のではなく“自分を褒め応援者に感謝する”のは、本質的な価値への合理的で冷静な判断とも思える。この価値観や行動特性こそ若い世代の特性なのだ。

少し前に掲載した「高経年マンション 未来をつなぐ次世代とは!?」というコラムでは、今マンションに住まう人とこれからマンションを購入しようとする人の2つの世代の価値観や行動特性の違いについて書かせてもらった。

今マンションに住まう人の8割程度が50歳代以上のベビーブーマ世代。一方、新築であれ中古であれ一次所得層となる若い世代は、20代後半から40歳前半のミレニアル世代が全体の8割を占める。

この2つの世代の価値観や行動特性は面白いぐらい真逆であり、マンションへの価値観も管理に関わる行動特性も異なるというコラムだ。

前編_高経年マンション 未来をつなぐ次世代とは!? 
後編_高経年マンション 未来をつなぐ次世代とは!? 

一次所得層となるミレニアル世代の行動特性や価値観について簡単に整理しておこう。

彼らは、モノではなく「本当に必要なコト」に本質を見出し、お金を使う。モノの所有価値ではなく、コトの利用価値を優先する。過ごす時間も自分や家族を最優先に考える。本質的な価値を判断する合理性を持っているともいわれている。

また、努力は必ず報われるというベビーブーマー世代とは異なり、努力しても必ず報われるとは限らないという“さとり”がある。

競技で負けた選手のインタビューの話でいえば、今の20代前後の選手を指導するコーチも選手と同じミレニアル世代が多いからだろう。一昔前の選手のインタビューコメントでの“謝り発言”は、選手本人がミレニアル世代でも、その周りのコーチや応援者の多くがベビーブーマー世代であり、彼らが「努力は必ず報われる」という考えを持っているから、負けてしまうのは努力不足だと、そんな無言の同調圧力※を感じての発言だったのではないかと想像する。

※ 同調圧力
少数意見を持つ人に対して周囲の人と同じように考え行動するよう強制する雰囲気のこと

今マンションに住まう人の7割にあたるベビーブーマー世代と、一次取得層の8割を占めるミレニアル世代の簡単な比較表を作成してみた。真逆の行動特性・価値観であることがよくわかると思う。

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ベビーブーマー世代とミレニアル世代比較表

また、マンションを購入しようとするミレニアル世代は、日本の平均年収が430万円なのに対し、彼らの平均世帯年収は912万円。世帯年収なので夫婦合わせての収入だが、この平均値を上回り、軽く1千万円を超えるパワーカップルもいるのだろう。若く賢い成功者だからマンションを購入できるともいえる。

当然、ミレニアル世代の求める幸福感とは、この行動特性や価値観に根差し、彼らの経済的基盤に支えられているものであろうことは想像できる。
 

世代の違いで同調圧力が生じやすいマンションの事情!?

あくまでも、仮説での話だ。

築30年前後の中古マンションを購入し入居したミレニアル世代からみれば、周りの多くは価値観が異なるベビーブーマー世代ということになりやすい。部屋内で静かに暮らしているうちは問題はないだろうが、そのうち管理組合や自治会の役員の仕事が回ってくる。また、コミュニティの行事などに誘われる。

すべてのマンションでとはいわないが、多勢に無勢の中での得体の知れぬ同調圧力という”空気”を感じ出してしまえば、若い世代にとっては幸福度が高いマンションとはいえなくなってしまう。

同調圧力は自分の価値観や正義感が普遍的に正しいというところから生じてしまうから、相手の価値観を理解しようとしない厄介さがある。だから「相互に理解する」という多様性を理解できない、また「どうしたらよいか考えよう」という創造性を大切にしない。いわゆる寛容性が低いということだ。

実例をストーリーで示すまでもなく、同調圧力を感じ重苦しい気持ちになった経験のある人にはわかると思う。

次世代がマンションの管理を担っていくにしても、こんな空気感で幸福度が薄いと感じてしまえば、積極的に参加する気が萎えるのも仕方がない。今は健全に見える運営をしていても、次世代に運営をバトンタッチすることができず、徐々に不健全な状態になってしまう恐れもあるわけだ。

新約聖書マタイ伝のイエスのことば「隣人を愛せ」とは、幸福度の薄いミレニアル世代の隣人と向き合うベビーブーマー世代に向けた教訓のようにも思えてくる。

寛容性をペット問題で考えてみる

具体的にペット飼育を例に上げて考えてみよう。

少し古いデータだが、日本の家庭の36.7%が犬・猫などのペットを飼っているという(内閣府発表 2000年)。つまり3世帯に1世帯はペットがいる計算だ。そこで、マンションのペット飼育はどうだろう。

不動産経済研究所の「首都圏におけるペット飼育可能な分譲マンション普及率調査」によると、調査を開始した1998年に分譲された新規マンションでペット可としていたのは1.1%に過ぎなかった。しかし、2004年には50%を超え2007年には80%を超えた。今では新規分譲マンションの多くが、ペットのための足洗い場などの設備の有無に関わらず、犬・猫などの一般的なペットであれば、頭数やサイズなどの制限はあるにしても飼育を可としている。

※マンションみらい価値研究所による独自調査の竣工別ペット可等のデータは、レポート:「ペット問題は解決したのか」を参照。

古いマンションでは、ペットを全面的に禁止しているマンションは未だに多い。共同住宅の住まい方が定着しきれていなかった時代にペットの飼い方を巡るトラブルが多発したこともあり、管理規約等で禁止することが主流だったからだ。
 
今になって、飼える・飼えないのどちらがマンションとしての価値が高まるのかなどの議論をおこない、管理規約等の改定という高いハードルを乗り越え、ペット可に変更できたマンションはどの程度あるのだろう。
 
データが見つからないためコメントできないが、決して多くはないように思える。ペットを巡る問題には正解がなく、価値観の擦り合わせが難しいからだ。
 
過去、ペットを巡るさまざまな裁判があったのも事実だ。ペット可だったマンションをペット不可に管理規約を変更したことが裁判になったケースもある。可だったものをペット不可にするのは、区分所有法17条2項の「専有部分の使用に特別の影響を及ぼすべきときは、その専有部分の所有者の承諾を得なければならない」にあたるかどうかで争われた裁判だが、通常ペットは生活・生存に不可欠なものではないとして、飼い主の主張を退けた判例もある(東京高等裁判所平成6年8月4日判決)。
 
そもそも、ペットに関する問題の多くは、飼い主のエチケットと常識の問題であることが多い。相互に寛容性があれば落としどころも見出せるようにも思える。
 
実際にほとんどの新築分譲マンションがペット可である状況を考えれば、マイホームを探している若い購入予定者からすれば、古いマンションにありがちなペット禁止の規定には違和感を覚えるかもしれない。
 
頭数やサイズなどの常識的な制限さえあれば、購入予定者だけでなく、そこに住む高齢者がペットとともに暮らすことで幸福度(Well-being)が上がる素敵なマンションになるかもしれない。
 
「ペットごときで幸福度とは」と思う人もいるだろう。しかし多様性を大切にするということは、ペットで幸福度が上がる人もいるということを理解することだ。もちろん、ペット可になって害が生じ幸福度が下がると感じている人の価値観を無視しているわけはない。単に多数決で決めてしまえば良いというわけでも、ペット可・ペット不可のどちらが良いというわけでもない。幸福度の最大化のために、創造性をもち議論を深めること。それが寛容性なのだろう。

事務所使用や民泊に、寛容性を持ったらどうなる!?

先の比較表では、ミレニアル世代は多様性を尊重し、また所有価値ではなく利用価値を重視すると、整理させてもらった。ペット問題は、人の多様な想いや考え方を尊重し結論を導く寛容性のはなしの例だ。次は、マンションの事務所使用や民泊で利用価値の創造についても考えてみよう。

例えば、コロナ禍で当たり前になったリモートワーク。事務所使用・SOHO・リモートワークは、それぞれに定義も異なるし、居住用のマンション自体の用途の問題もある。また、事務所としての登記の禁止、ポストや表札に屋号の表示禁止、広告や看板の禁止などが定められているケースも多いだろう。

マンションごとにどのように定義しているか、制限を設けているのか、いないのかなど、世の中のトレンドも踏まえ確認しておくのも良いだろう。

稀に、経年と共に建物が古くなっただけでなく、周りにオフイスビルが増え生活環境が変わり、マンションに住んでいた多くの方が他に移り住んでしまったようなケースがある。立地が良ければ事務所使用の賃貸ニーズが高まり、より高く貸すこともできる。居住価値が低下したが、オフイス賃貸の価値が高まったケースだ。

もちろん事務所として貸し出せば税金も変わってくる。また、建物表示変更登記も必要になる。しかし、所有者の賃料収入が増える結果、管理組合としても修繕積立金の確保が容易になるとも考えられる。経済原理が一致するなら、頭ごなしに事務所使用不可のままというのも頭が固い。投資を目的とした次の所有者が、オフィス賃貸マンションとしての価値を高め、マンション所有の幸福度を最大化するために、運営に積極的に関わってくれることも期待できるかもしれない。

インバウンドを目当てに立地の良い中古マンションを購入し、旅館業法を無視しマンション中に多大な迷惑をかけたのが、マンションの民泊問題だ。

Airbnbは、年商5千億を超える大企業。シェアリングエコノミーとして、宿泊先を提供するホストと宿泊先に滞在するゲストをつなぐ、民泊ビジネス企業だ。家主が住んでいながらおもてなしするアットホームなホームステイ(家主居住型)が本来のスキームでもあった。
標準管理規約では、家主居住型を可とする例も記載されてはいるが、マンションによっては一律に不可としているケースもあるだろう。

こうした民泊ビジネスでは、儲けるというよりも文化や人の交流という素敵な出会いを目的にしている人も多く、家主がいる中で迷惑行為が頻発する確率は低いようにも思う。すべて禁止にしてしまえば、家主居住型で泊まりに来る人は、もはや友人なのだから友人を泊めて何が悪いのか、というはなしにもなりそうだ。さあ、寛容性という観点で考えたらどうなるのだろうか。

時間の経過と共に多様性は進む。また幸福度を上げるために創造力はどんどん広がっていく。世の中の変化や進化に乗り遅れないためにも寛容性は大切なのだろう。

地方創生の論からなぞり、マンションで考えた結論とは!?

管理組合でさまざまな問題が起きる。
問題がこれ以上起きないように、起きても根拠を持って注意できるようにと、ありとあらゆる事柄が、管理規約や使用細則に組み込まれていくとしたら、さてどうだろう。

息が詰まるマンションになりそうだ。もちろん、トラブルが多発してしまっては元も子もないのだが、果たして幸福度(Well-being)は高まるのか。規則や決め事と幸福度はどうもトレードオフの関係にありそうだ。

住んでいる人も、これから中古のマンションを買い入居してくる若い世代も、幸福度の最大化を目指すために、管理組合の運営やコミュニティを築いていく寛容性が大切になる。「さまざまな考え方や想いを相互に理解し合い、どうしていくかを考えよう」と、前向きさを発揮するしかない。

ある大型マンションの自治会で中学生が自治会の役員になって活動しているのをテレビで紹介していた。年齢にこだわらず多様性を認めることで創造性が広がり、子供たち世代も楽しみながら自治会活動に参加する。本人たちも自治会もWell-beingとなるすばらしい事例だ。

地方創生の論をなぞり、考えついた結論とは、
マンションがいくら年をとっても、大切なのはWell-beingであることを忘れてはいけない。それが、次世代を引き寄せ、マンションの「再生」や「健全化」につながるということだろう。

丸山 肇
執筆者丸山 肇

マンション管理士。株式会社リクルートにて住宅情報北海道版編集長、金融機関への転籍を経て、大和ライフネクスト入社。管理企画部長・東京支社長などを歴任。マンションみらい価値研究所にてコラムニストとして活動。

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