マンションで快適に暮らすための筋肉づくり

マンションみらい価値研究所の新企画として「健康」をテーマにした対談をお届けしたい。
初回のゲストは、千葉県柏市にあるパーソナルトレーニングジムSHINE(シャイン)のトレーナー 阿部 孝さんだ。阿部さんはボディメイクの大会にも出場しており、その身体はトレーニングウエアの上からでも筋肉の盛り上がりが分かるほどに鍛え上げられている。
居住者の高齢化がマンションの課題と言われて久しいが、介護業界にも詳しい阿部さんは、当研究所の所長 久保依子にとって高齢者対応の相談先でもある。

マンションに住むために必要な身体的機能とは
マンションみらい価値研究所・久保(以下、久保):阿部さんがトレーナーを目指されたきっかけを教えてください。
阿部:スポーツが大好きで、小中学生の頃はサッカー、高校ではラグビーをしていました。人の役に立ちたくて、福祉の専門学校にて介護福祉士の資格を取得し、介護施設に就職。さらに福祉用具専門相談員の資格も取得し、福祉用具の販売会社で7年働きました。ある時、スポーツに関わる仕事がしたいと思い、一念発起して大手ジムに勤務。その後、現在の
SHINEにてトレーナーをしています。
久保:介護施設の経験があるトレーナーとは珍しいですね。介護業界は人手不足と聞きます。転職の時は引き留めがあったのではないですか。
阿部:当時はまだ、男性の介護職員が少ない時代でしたから、力仕事の多い介護施設では重宝されていました。周囲の全員と言ってもいいくらいの職員が「腰」を痛めていたこともあり、確かに引き留めはありましたね。
久保:ご高齢の方とはいえ、大人一人を持ち上げるのは大変ですよね。ご本人もつらいのではないかと思います。やはり1日でも長く、自立した生活を送りたいものです。また、阿部さんは福祉用具専門相談員でもあるわけですが、マンションのバリアフリーリフォームなどのご経験もありますか。
阿部:はい。ただ、マンションの場合は、コンクリートの建物であるため、手すりをつけるとか、浴室にスノコを敷き段差を少なくするとか、その程度のリフォームが多いです。ドアを引き戸にするとか、玄関の段差を解消するなどの大掛かりなリフォームの経験はありません。
久保:戸建てよりもマンションの方が、バリアフリー住宅にするのは難しいということですね。一般的なマンションに住めなくなると介護施設に入居することも選択肢に入ってくるわけですが、マンションに住むために必要な身体的機能は何だと思われますか。
阿部:「排泄ができること」「入浴ができること」「食事ができること」この3つが必要だと思います。
久保:なるほど。すべて生活の基本ですね。では、それぞれ、どのような筋肉が必要なのでしょうか。
阿部:まず「排泄ができること」で必要な筋肉は、便座にしゃがむとき、立ち上げる時に必要な「前もも(大腿四頭筋)」です。どんな筋トレ本にも紹介がありますが、「スクワット」が基本です。
久保:スクワット・・きつくて嫌いです。
阿部:そうおっしゃる方は多いです。本格的なスクワットではなくても、椅子に座った姿勢から、立ったり座ったりするだけでもいいのです。
久保:それだけでもよいのですか。
阿部:はい、それだけでも十分に「前ももの筋肉」にきいています。2つめの「入浴ができること」でも必要な筋肉は、浴槽の高さをまたぐために必要な筋肉、つまり同様に「前ももの筋肉」です。さらに、またぐという動作には姿勢を保持するために必要な「腹筋」も必要になります。
久保:「姿勢を保持するための筋肉」とお聞きして、思い出したことがあります。マンションの管理会社は、高齢の方を管理員として採用することが多いです。管理員の仕事でも階段を清掃したり、管球類を交換したりする際には、姿勢を保持しないと転倒するなどの事故につながる可能性があります。そのため、ご高齢の管理員の雇用延長などの際には、片足水平立ちをしてもらうテストを実施しています。

阿部:片足水平立ちはいいですね。まさに腹筋と前ももの両方を使っています。
久保:管理員の中には、テストに合格するために、片足水平立ちの練習をしている人もいると聞きます。知らないうちに、健康づくりの役に立っていた、ということになりますね。
阿部:特に、マンションの場合は、災害の時にエレベーターが停止することもあると思います。こうした場合、階段を上がるにも、「前ももの筋肉」と「腹筋」が必要です。
久保:東日本大震災の時は、揺れを感じて下階に避難した高齢者が上階に戻れないということがありました。下半身の強化はマンション生活に不可欠ということですね。
太もも・腹筋を鍛える
久保:では、最後の「食事ができること」に必要な筋肉は何でしょうか。
阿部:食事には嚥下などの力が必要になりますから、筋トレと言うよりは「顔ヨガ」のようなトレーニングが必要になります。
なお、介護施設では、いくら背もたれのついた椅子にもたれて座ってもらおうとしても、横に倒れてしまう高齢者の方もいらっしゃいました。姿勢を保持するための筋肉は食事に際しても必要になります。
久保:ところで、私はとても無精で、今日せっかく教えいていただいても3日坊主、すぐにやめてしまいそうな気がするのですが、長続きの秘訣はありますか。
阿部:目標を決めることです。体重を何キロにするとか、この服が着たいとか、何キロ走れるようになりたいとか、なんでもよいのです。
久保:では、私はここで宣言したいと思います。「〇キロになります!」
阿部:では、早速スクワットから始めてみましょう。
足を肩幅に開きます。最初は、手すりなどにつかまってやってみましょう。
コツは、しゃがむという意識ではなく、お尻を引くという意識を持つこと。深く降りることを目指すのではなく自分のできる範囲まできたら、ゆっくり立ち上がります。1セット10回。3セットできれば合格です。

阿部:次に腹筋のトレーニングをしてみましょう。一番簡単なのは体育座りのポーズで寝た状態から手を前に出して起き上がるトレーニングです。意識するのは呼吸です。後ろに倒れる時に息を吸って、起き上がる時に息を吐く。

久保:トレーニングの頻度はどのくらい必要ですか。
阿部:週に3回くらいがちょうどよいでしょう。
久保:継続はなかなか難しそうです。私のように無精な人はやはりジムに通うのがよいのかもしれませんね。
阿部:このジムの最高齢のお客様は90歳です。私の担当にも75歳の方がいらっしゃいます。5年くらい前からでしょうか。健康維持の目的でジムに通うご高齢の方が増加しています。特に男性の方は、特に趣味がなかったりすると家に閉じこもりがちになります。ジムに予約をとっていただくことが外出のきっかけになるとも思います。パーソナルトレーニングの場合は、トレーナーと周囲を気にせず、おしゃべりもできます。
久保:確かに、おしゃべりも楽しそうです。私だと、しゃべってばかりでトレーニングを忘れそうです。
阿部:ご高齢の方のお話が多くなりましたが、コロナが明けてから、在宅勤務が増加したせいか、若い方の運動不足防止や肩こり防止のためのニーズも増えています。
久保:マンション管理会社でも、以前は日中にお客様からお問い合わせをいただくことが少なかったのですが、コロナ以降はそれが増えており、日中も在宅している方が多いのを身をもって感じています。では、最後に在宅勤務の方に向けて、ストレートネック予防について教えていただけますか。
阿部:タオルを1本用意してください。タオルの両端を持ち、後頭部から耳の下に当て、顎を後ろに引きます。顎を引くというと、上を向いてしまう方が多いのですが、視線は動かさずに後ろに顎をもっていくイメージをしてください。これを数回繰り返します。

久保:なんだか肩回りがすっきりしたような気がします。
阿部:またいつでもジムに来てください。一人ひとりの仕事や年齢などにあったメニューをおつくりします。
久保:本日はありがとうございました。

パーソナルジムSHINE(シャイン)
パーソナルトレーナー:阿部孝
https://shine-yoshiki.com/kashiwastaff/

マンション管理士、防災士。株式会社リクルートコスモス(現株式会社コスモスイニシア)での新築マンション販売、不動産仲介業を経て、大和ライフネクストへ転籍。マンション事業本部事業統括部長として主にコンプライアンス部門を統括する傍ら、一般社団法人マンション管理業協会業務法制委員会委員を務める。