1.はじめに
2004年7月より、医療従事者ではない一般市民による使用が認められてから、AEDの設置は急速に進んだという。AED(自動体外式除細動器)は、心室の細動で全身に血液を送れないときに電気ショックを与えて、心臓の正常な機能を回復させる装置である。病院などの医療機関はもちろんのこと、役所、体育館、学校などの公共施設、駅、大型商業施設やオフィスビルといった人が多く集まるところを中心に設置されているが、法律上の設置義務はない。
マンションも、人が多く集まる場所である。昨今では、AEDが設置されているマンションも見かける。当社が管理を受託している分譲マンション約4,000組合において2020年1月から2021年12月までの会計データをもとに、その間に「AEDに係る支出があるか」という観点で調査したところ、829のマンションで該当の支出が確認できた。支出の内容としては、多くがレンタル契約の費用であり、その他には、AED本体や専用収納ボックスの購入費用、消耗品やバッテリーの交換費用などがあり、いずれもAEDが設置されていることを示すものだ。つまり、有償による管理組合のAED導入率は約21%である。
法律上の設置義務がない中、管理組合はどういった考えからAEDを設置するのか。設置をめぐる議論と検討内容の実態を調査した。
2.AED設置に対する賛成意見および反対意見
デベロッパーの意向により、分譲時からAEDが設置されているマンションもあるが、本レポートでは、管理組合の意思で設置を検討したマンションに注目した。当社が管理を受託している管理組合の総会資料および議事録より、議案名に「AED」の言葉を含んでいるものを抽出し、そのうち85件をサンプル調査した。議案が承認されて設置まで進んだものもあれば、設置を見送ったものやレンタル契約を更新しない決断をしたものもある。AEDの設置をめぐって管理組合ではどういった議論がされているか、賛成・反対それぞれの意見を表にまとめた。
これらを集約すると、賛成派の意見は主に「人命の尊さ」を主張し、反対派の意見は「発生の頻度」と「費用負担」を天秤にかけていることがわかる。両者は、相容れない個々の価値観の部分であり、管理組合としての決断に頭を悩ませるものだろう。
3.組合員からの意見や質問に対する回答例
管理組合によってはAED設置の議案を上程するにあたり、理事会での検討段階において組合員にアンケートを取り、総会前にあらかじめ組合員の意見を確認していることがある。また、当該議案を上程した際に、総会の場で出た意見や質問に対する理事会の答えとして、事前に準備していた情報を元に回答することがある。そこで、総会資料および議事録により、理事会が組合員からの意見や質問に対してどのような回答をしていたかについて、事例を紹介したい。
3-1 AEDを使用する事態の発生確率は?
令和3年12月24日に総務省が公表した「令和3年版 救急・救助の現況」によると、一般市民が目撃した心原性心肺機能停止傷病者のうち、一般市民による心肺蘇生等実施の有無別の生存率は以下のとおりであった。
令和2年中に一般市民が目撃した心原性心肺機能停止傷病者数は2万5,790人で、そのうち一般市民が心肺蘇生を実施した傷病者数は1万4,974人(58.1%)となっている。
一般市民が心肺蘇生を実施した傷病者数のうち、一般市民がAEDを使用し除細動を実施した傷病者数は1,092人で、そのうち1ヵ月後生存者数は581人(53.2%)、1ヵ月後社会復帰者数は479人(43.9%)となっている。
この数値を見て、AEDを使用する事態の発生確率が高いとみるか低いとみるか、個人差があるかと考える。事態が発生することが決定しているなら、判断はよりシンプルになるが、不確定だからこその賛否両論がある。調査した総会資料や議事録の中にも、AED設置は「保険のようなもの」という表現が複数見られた。また、AEDの使用により誰かの命が助かった事例を身近で体験または見聞きしている人が、導入の必要性をより強く感じるというのも理解ができる。
3-2 マンションの近くにAEDを設置している場所はないのか?
前述のとおり、AEDは人が多く集まるところを中心にすでに設置が進んでいる。マンションの近隣にも設置されている箇所がないか、インターネットでマップを検索することが可能だ。また、設置のある建物の入り口には「AED」の文字が書かれたステッカーが貼られていることが多く、マンション近くを歩いてみると、実際にどこにあるかを調べることができる。ただし、その建物が24時間365日誰でも入館ができる場所に設置がされて いるのか確認しておく必要があるだろう。
裏を返せば、マンション内に設置があったとしても、オートロックのセキュリティ範囲内に設置されている場合は、マンション居住者以外の人が素早く使うことは難しい。各部屋への動線を重視し、盗難やいたずら防止のため管理の目が届く場所となると、エントランススペースが主な設置場所になるのは当然だろう。しかし戸数が多かったり、複数の棟があったりすると、AEDと各部屋の距離が遠くなり、推奨される分数で辿り着けないことが問題視され、「どのフロアに設置するのか」「何台設置するのか」という議論に発展することもある。
当社が管理を受託するAED設置のマンションのうち、エントランス扉がオートロックではないところでは、建物前の道路で倒れた通行人に対してマンション居住者以外の人が使用したという事例もあった。
3-3 一般会計の資金状態に余裕がない
管理組合が費用負担をせずにAEDを設置している事例が二種類あった。一つは、AEDを付帯する自動販売機の設置だ。管理組合は飲料メーカーに自動販売機の設置場所を提供する格好だ。管理組合に入る飲料売上 の販売手数料と引き換えにAED付帯型に変更している事例もあった。AEDの契約主体は飲料メーカーとなるため、消耗品の交換なども管理組合はノータッチとなるようだ。ただし、飲料メーカーが示す設置の諸条件があるため、検討が難航している事例もあった。また、マンション内の景観を損ねるといった意見や、飲み終えたあとの空き缶ゴミ放置など、付随する課題は出てくる。もう一つは、自治体の補助金を利用した設置だ。「マンション居住者以外も誰でも24時間使える状態で設置すること」「マンション居住者の中に救命講習等の修了者がいること」などいくつかの条件があるようだ。設置については無償だが、電気代や修理代は発生するという事例だった。なお、これらは本レポートの冒頭に記載した有償によるAED設置率の約21%には含まれていない。
このほか、一般会計における別の収入(例:オフィシャルポスティング)をそれに充当するという事例や、一般会計における別の支出(例:エレベーターかご内のレンタルマット)をやめてその分の費用を充当するという事例もあった。管理組合から自治会(町会)へ設置を打診した事例や、両者で費用を折半している事例もあった。
3-4 いざという時にAEDを使いこなせるのか?
AEDは設置するだけではなく、使いこなせるように準備しておかなければ意味がない。AEDのレンタルを手掛ける事業者が、初回の導入時に講習会を開催してくれることが多い。また、反復継続して居住者に意識づけを行うため、年に1回の消防訓練のときに消防署に依頼をしてAED講習をセットで行うこととした事例があった。
4.おわりに
調査を進めるなかで、AEDを使用する事象の発生確率に言及した反対意見に対して「もし設置したAEDが使用されなかったとしても、それは救命救急が必要となる場面が発生していないことになり、それはそれで喜ばしいことだ」という意見もあった。さらには、自宅の近距離にAEDを設置するのは戸建てでは実現しづらく、マンションならではメリットだという見方もあった。まさに多種多様な考え方が存在する。
また、総会で承認されたとしても、その時に示された条件が叶わず設置がしばらく保留になったり、設置を中止する議案が次の総会で上程されたり、組合員によって判断基準が大きく異なるテーマなのだと見受けられる。まさに、年齢や家族構成、生活習慣、価値観の異なる組合員の集合体である管理組合ならではの議論ともいえるだろう。組合員が意見を交わし合いながら、よりよいマンションを目指して試行錯誤していく、そういった議論の風景が目に浮かぶ調査となった。
最後に、本レポートは、AED設置または非設置のどちらかを推奨するものではないことをご承知おきいただきたい。