当研究所が発表した数あるレポートの中でも“認知症高齢者”をテーマにしたものは大きな反響をいただいているが、さまざまな人が住むマンションには、認知症高齢者以外にも一定の配慮が必要な人がいる。今回は、こうした配慮が必要な人々がどのような想いをもって生活しているのか、ご本人やその関係者に話を伺い、管理組合やマンションに関わるさまざまな企業の配慮や支援のあり方について考察する。
1.配慮が必要な方の現状
引きこもり
8050問題という言葉に象徴されるように、80歳代の親がひきこもりの50歳代の子どもの生活を支えている家庭がある。子どもがまだ小中学生だった頃は、学校に来なくなった子どもを気にかける同級生もいたであろう。しかし、40代、50代になると家族以外の人々とのつながりが無くなっていく。その家庭に子どもがいることすら、周囲の住民は誰も知らないという状況もある。また、引きこもりが長期化すればするほど、同居する家族はその存在を周囲に知られたくないと考え、隠そうとする傾向があるそうである。
成人した引きこもりの子どもがいる家庭の事例を関係者の方からヒアリングした。
①理事に就任できない
両親は自分たちがいなくなった将来のことを考え、マンションを子どもの名義としていたそうである(具体的な方法は不明)。
この家族が居住していたマンションの理事会役員の選任方法は、輪番制であった。部屋番号順に理事に就任しなければらない。この家族の居住する部屋番号にもその順番が割り振られ、理事に就任しなければならない年となった。区分所有者は引きこもりの子どもだが、とても理事会には出られる状況ではない。そこで、両親のいずれかが理事になれないかを前年の理事会に相談した。しかし、管理規約には「理事は区分所有者」であることが規定されていることから、区分所有者ではない両親のいずれかが理事になることはできないとの回答があった。
両親は子どもが「引きこもり」であることを周囲に知られたくないという気持ちが強く、理事の免除が受け入れられないなら、マンションを売却することも検討しているという。私としては「両親のいずれかが理事会に代理人として出席したらよいのではないか」「何も売却までしなくてもよいのではないか」とも思うが、周囲に成人した子どもがいることを知られたくないという気持ちは非常に強いものであったそうだ。その後、本当に売却したのかまではヒアリングできていない。
管理組合の理事の選任方法に輪番制を採用している管理組合は多い。区分所有者全員がやりたくないという前提に立つなら、どの住戸も定期的に理事になる当番年があるという点で、最も公平である。しかし、問題は「やりたくない住戸」と「できない住戸」の境界線である。その点に苦労している管理組合は多い。
例えば、「80歳以上の区分所有者は理事を免除する、ただし、配偶者または一親等以内の親族がいる場合はその親族が就任する。」と規定している管理組合がある。規定する側からみると、本当は70歳代であるにもかかわらず、80歳であると偽る可能性や、本当は親族がいるにもかかわらず、いないと偽る可能性を考慮し、免除規定を厳格に運用しようとする傾向もある。
しかし、80歳以上であることや、親族の有無をどのように確認するのかについては慎重な検討が必要である。安易に運転免許証のコピーなどの提出を求めると、その保管方法はどうするのかという問題が生じる。また、親族であることの証明は戸籍謄本などの確認が必要であるが、そうした書類も取り扱いが難しい。こうした個人情報は提出したくないと考える人もいるだろうし、提出される側でも見たくないという人もいるだろう。
そもそも、区分所有者であることを管理組合が確認すること自体、「区分所有者名簿の提出」という自己申告からスタートしている。年齢や親族関係の確認なども原則は自己申告によるものとするほうが適切だろう。
すべてが自己申告により、それを信じることを原則とするなら、虚偽の申告を見分けるのは困難である。ある程度性善説に立った運用も必要なのではないだろうか。
②夜中に活動する生活
引きこもりの20歳代の子どもがいる両親の話である。昼間、子どもは寝ていて静かであるが、真夜中に部屋から出てくることがあるそうだ。入浴したり、コンビニに買い物に行ったり、宅配ボックスに荷物を取りにいくことがあり、ドタバタという足音やドアを開閉する音が響くことがあるという。ご家族は「もしかすると下階の方にそれらの音が響いているのではないかと思っている。いつ、下階の方からクレームを言われるかと、不安でならない。申し訳ないとは思うものの、子どもの状況を考えると注意することもできないでいる」とのことであった。
マンションにおける騒音問題は古く、そして根深い問題である。管理会社や管理組合に対して「どうにかしてほしい、直接注意してほしい」という要望が寄せられることがあるが、騒音問題は当事者間で解決していただく以外にない。管理会社でできることは、掲示板に「騒音に注意して生活してください」という貼り紙をすることに留まる。
しかし、引きこもりをしている本人の場合、掲示板を見る機会は無いだろうし、家族からの注意も難しいケースが多いだろう。紹介した事例では下階からのクレームはまだ来ていないそうだが、もし発生した場合には解決が非常に困難だろう。上階と下階の相互理解という以外に解決策はないのかもしれない。
人工呼吸器を利用する重度障がい者
難病の指定を受けている重度の障がいがあり、人工呼吸器を使用している方の事例である。本人は自力で起き上がることができず、家族のほかに介護士の支援を日常的に受けている。月1回程度の外出時のマンション内移動については、ヘルパー2名体制なので特に不都合はないそうだ。しかし、災害時の不安は大きい。
①地震も火事も避難は無理と自覚している
重度障がいを持つ家庭の場合、災害が発生した場合にどのように非難するのかについて個別避難計画を作成することになっているが、この家庭では「避難しない」ことにしている。同居するご家族の方に話を伺った。
以前マンション1階専有部分内でボヤ騒ぎがあった。内廊下でもあり、居住する5階廊下まで煙が充満したが、エレベーターも停止していたため避難することができなかった。「地震も火事も避難は無理だ」と自覚しているという。
また、人工呼吸器使用者は停電すると生命にかかわる厳しい状況に置かれる。人工呼吸器の他にも唾液と痰の吸引機を24時間接続している。昨年、市の助成を受けてポータブル電源を購入したが、それでも外部バッテリーは24時間分しかないため「停電は命取り」だという。
管理組合の防災備品としても発電機が購入されているが、災害時に携帯電話を充電しようと列をなしているほかの居住者を差し置いて「人工呼吸器のために使わせてください」と独り占めもできないであろうし、そもそも発電機は音が大きいためマンションの専有部内やバルコニーでの使用は難しい。エントランスなどで使用しつづけることも難しいだろうとのこと。このご家族の場合、管理組合からの支援は期待していないようであった。
マンションにおいて災害時は「在宅避難」と言われるようになって久しい。転倒防止用具のほか、簡易トイレなど在宅避難用に備蓄している家庭も多い。こうした家庭は「逃げようと思えば逃げられるが逃げない」という選択をしている。しかし、重度障がい者の場合は、「逃げようと思っても逃げられない」のである。
少しでも不安を払拭するために、管理組合や管理会社で何かできることはないのか。ご家族に聞いても特に思いつかないという。そもそもマンション居住者や管理組合の援助を期待していない、期待してはならないと思っているようにも感じる。災害時の支援については、当事者からよく話を聞くことからはじめる必要があるだろう。
訪問介護サービス利用者
在宅で訪問サービス(看護・リハビリ・入浴)を受けるにあたっては、車での往来が発生する。その時に、来客用駐車スペースがないのは不便である。「遠くの介護ステーションから来てもらっている看護師には近隣の時間貸し駐車場を利用してもらい、その利用料を負担している」と聞く。
こうした状況を少しでも改善するために、「空き駐車場や身障者用駐車場の一時使用を許可してほしい」というご要望をいただくことがあるが、分譲当初から使用細則でこうした規定を設けている管理組合は少ない。
また、来客用駐車場があっても、使用細則通りの予約しか認めていない場合が多い。例えば、「前日の〇時までに、管理事務室にて台帳に記入して予約する」といった方法である。また訪問サービスを利用する場合、毎週〇曜日の〇時から〇時と定期に時間が決まっているため、定期利用の申し込みをしたいというご要望が多い。しかし、定期に訪問サービスの車両に駐車の許可をすることについては「いつも同じ車両が使用しているのは公平性に欠ける」という反対意見もある。さらに「訪問サービスを利用する住戸が複数になり、同じ時間に希望が重なったらどうするのか。理事会では優先順位はつけられないし、調整もできない」などの意見が飛び交い、結局は使用細則通りの運用となっているケースも多い。
まずは、訪問サービスを利用している住戸がどのくらいあるのか、現状の把握からはじめてもよいのではないだろうか。
車椅子利用者
車椅子を利用する方からはエレベーターの使用についてご意見をいただくことが多い。エレベーターなどの設備の点検スケジュールに関する「お知らせ」は、マンションの掲示板に掲示している管理組合がほとんどだろう。日中、通勤や通学で不在となる居住者にとっては、知らない間に終了していることが多く、あまり興味がないかもしれない。しかし、点検の間はエレベーターを停止する必要があり、車椅子利用者はその間しばらく移動できないことになる。そのため、エレベーター会社や管理会社は点検の日程をできる限り早めに調整するようにしている。
また、比較的マンションに設置されていることの多い9人乗りエレベーターでは、介助者と車椅子利用者がエレベーターに乗るといっぱいになってしまう。他の居住者と同時に乗ることができないため、遠慮しがちになると言う。例えば、ホールでエレベーターを待っている時に、後から他の方が来ると「お先にどうぞ」と譲る。ようやくエレベーターが戻ってきてもさらに他の方が来ると、譲ることになる。そうして、何往復か待たないと乗れないことがあるそうだ。
2.障害者差別解消法
冒頭で述べた通り、マンションで生活する配慮が必要な方のうち、障がい者に関しては、新しい動きがある。
令和3年6月に公布された「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法)では、障害を理由とする差別について、「不当な差別的取扱いの禁止」と「合理的配慮の提供」の義務に関して規定された。
>厚生労働省における障害を理由とする差別の解消の推進
この法律では「不当な差別的取扱い」と「合理的な配慮の提供」という大きな2つの柱がある。
○「不当な差別的取扱い」とは、正当な理由なく、障害を理由として、財・サービスや各種機会の提供を拒否する又は 場所・時間帯などを制限すること、障害者でない者に対しては付さない条件を付けることなどにより、障害者の権利利益を侵害する行為。行政機関等と事業者の別を問わず禁止している。
○「合理的配慮の提供」とは、障害者やその家族、介助者等、コミュニケーションを支援する者から何らかの配慮を求める意思の表明があった場合に、その実施に伴う負担が過重でない範囲で、社会的障壁を取り除くために必要かつ合理的な配慮を行うこと。行政機関等は従前から義務であったが、改正法により事業者は努力義務から義務に改められた。
この法律で定める「事業者」には、管理会社はもちろん、管理組合も含まれると解されている。不当な差別的取扱いの禁止については、そもそもの道徳観に照らせば、通常判断できる範囲であろう。しかし、「合理的配慮の提供」は、いままで規定がなかったこともあり、どのような配慮を提供すればいいのか、判断に迷うことも増えてくるのではないだろうか。
管理組合や管理会社をはじめとする周囲の人はどのような配慮をすすめるべきなのだろうか。合理的配慮の提供については、内閣府が具体例を提示している。管理組合に向けたものではないが、考え方は参考になるだろう。
>内閣府「合理的配慮具体例データ集」
この内閣府の事例をマンションに当てはめ、「合理的配慮」の具体例を考えてみよう。次のようなことが考えられるのではないだろうか。
①エレベーター内で停止階のボタンが押せない場合に、訪問先の停止階を聞き、代わりにボタンを押す。
②オートロック操作盤のボタンが押せない場合に、訪問先の部屋番号を聞き、代わりにボタンを押す。
③総会の会場を近隣の施設とする場合は、可能な範囲で車椅子利用が可能な施設とする。
④総会の会場が集会室である場合は、できる限り車椅子での参加が可能なようにレイアウトする。
⑤視覚に障がいのある方が総会に参加された場合は、決議の前に議案書の文章を読み上げる。
⑥聴覚に障がいのある方が総会に参加された場合は、議案に関する質疑を筆談で受け付ける。
こうした日常的な配慮のほか、例えば、スロープの設置をしてほしい等費用が発生する要望があることも考えられる。もちろん管理組合の財政状況によっては、それが実現できない場合もあるだろう。法の言う合理的配慮は、管理組合などに過度の負担をすることまでは求めていない。物理的に必要な勾配を確保することができない、他に優先すべき工事があり資金が不足しているなどの場合は、すぐに実現することができなくても合理的配慮をしなかったことにはならないと考えられる。
さまざまな状況により実現が難しいこともあるが、だからといって障がい者のニーズを拾うことをしないということはあってはならないと考える。
3.支援を必要とする方を取り巻く業界はどうあるべきか
介護業界に長く勤務する方に話を伺うと、支援を必要とする方は、自分の介護をしてくれた人、長く自分の身近にいてくれた人に対して心を開くという。家族がいる場合は家族であるが、独り暮らしの場合、信頼を得ているのは、多くが介護従事者である。
そして介護業界には「財産には関与してはならない」という不文律があるそうだ。支援の目的が財産であると思われないようにすること、また介護の報酬以外の金銭を受領するなどの不正が起きないようにするためである。
またマンション管理業界は、管理委託契約に基づき、共用部分の管理をしているが、専有部分内のサービスは契約外である。管理会社によっては専有部分のサービスも提供しているが、ホームセキュリティの提供など、インターネットや電話などを介して提供するサービスが多い。対面での接点があるのは管理員であるが、支援を必要とする方からの個人的な相談を受けることまでは業務上想定しておらず、従業員教育もそこまでは至っていない。
そうなると、支援を必要とする方にとっては、マンションをより住みよい環境にするにはどうしたらよいか、将来をどうするのか、などについて相談できる人が身近にいないことになる。
例えば、大規模修繕工事のときに階段の一部をスロープにしようとする案があったとしよう。健常者ばかりの理事会では、車椅子の利用を自分事として決議することができるだろうか。将来、住民の高齢化が進み、車椅子を利用する居住者が増加すると考えるなら、今から車椅子利用者の声を積極的に聴くべきであろう。
介護事業者、管理会社など、介護が必要な方を取り巻く業界は、いずれも同じ顧客を中心に置いた事業者であるにもかかわらず、時系列に並べると登場する時期や本人への関与度には差異があり、相互に連携していないことがわかる。
それぞれの業界は、それぞれに異なる社会的要請を受けて発展してきており、マンション管理業者は介護事業者のことは分からない。その逆もまたしかりである。こうした業界の分断が、配慮が必要な方へのサポートを困難にしているのではないだろうか。
これからの社会的要請は、こうした周辺事業者が、支援を必要とする本人を中心としたさまざまなサービスを連続して提供できることになるのではないかと考える。
ただし、今のところ、一企業だけでは他の事業者につながりを持つことは難しい。また、企業同士の場合は「利益」を生むことが優先されがちである。とはいえ、環境問題に取り組まない企業は生き残ることができなくなってきているように、高齢者や配慮を必要とする方に関する問題に取り組まない企業生き残ることができないというような風潮になっていくのではないだろうか。
来るべき将来のためにも、まずは問題意識のある企業同士や業界団体同士が相互理解とを模索するところからはじめたい。