分譲マンションには、どのくらいの認知症の方が居住しているのだろうか。
①国土交通省「分譲マンションストック戸数」(2019年末)では、分譲マンション戸数は665.5万戸とされている。
②厚生労働省「厚生統計要覧」(2019年)では、1世帯当たり平均構成人員は2.19人(全国)とされている。
③総務省統計トピックス№126によれば、65歳以上の高齢者人口は、2020年度28.7%とされている。
④内閣府の「65歳以上の高齢者の認知症患者数と有病率の将来推計」によれば、2020年度は各年度の認知症有病率が一定の場合でも17.2%とされている。
これらを単純に計算すると次のようになる。
⑤ ①×②により、分譲マンションにはおおよそ1457.4万人が居住
⑥ ⑤×③により、そのうち65歳以上の高齢者は418.3万人
⑦ ⑥×④により、そのうち認知症の方が71.9万人
⑧ ⑦÷⑤により、分譲マンションにおける認知症の方は、居住者全体の4.9%相当
例えば、100人の居住者がいるマンションでは、そのうち5人程度の認知症の方が居住していることになる。地域性や築年数によって異なることを前提条件としつつも、認知症患者数は右肩上がりに推移し、その割合はさらに増加の一途をたどると考えられる。
こうした状況から、認知症の方にも住みやすいマンションとはどのようなマンションなのであろうか。最近の事例とともに考察していきたい。
1.最新の住宅設備機器
新築マンションに限らず、築年数が経過したマンションでも最新の住宅設備機器を導入するケースが増えてきている。主に防犯を目的とした画像巡回システムでは、例えば、認知症の居住者が共用部分にうずくまっていたり、マンション内を何度も行き来しているなどの場合でも検知することができる。
顔認証システムや指紋認証システムもエントランスに後付けすることができる。鍵の所在が分からなくなるなどによりオートロックを開けることができない場合でも、顔をかざせば開錠が可能である。
暗い場所が苦手な症状がある場合は、人感センサーを設置したり、照明器具をLEDにすることも比較的容易にできるようになってきている。
ただし、こうした共用部分向けの設備機器は、認知症の方一人一人の症状にあわせて導入が検討されるものではなく、マンション全体の居住者にとってメリットがないと導入されにくい。AIやIoTを活用した最新の住宅設備機器にスポットが当たりがちであるが、認知症フレンドリーな住宅の基本的な考え方である「その人の個性にあった住宅」からの発想で設置されることは少ない。
2.管理規約のバリア
分譲マンションでは、居住者の高齢化だけでなく、マンションの建物の高経年化という問題も同時に生じている。高経年化したマンションでは、最新の住宅設備機器のみならず、新築マンションでは当たり前の設備を導入することも困難なケースもある。管理規約がバリアとなり、バリアフリーな住宅への改修を困難にしかねない。
事例① 追い炊き機能
最近のマンションでは、標準的に浴室に追い炊き機能がついているが高経年のマンションでは追い炊き機能がついていない建物も多い。この場合、浴槽のお湯を温めなおすときは、高温の湯を「差し湯」する必要がある。
認知機能が低下し、湯の温度がわからなくなったり、温度調節器具の操作を間違えたりすると熱湯をあびたりする危険がある。こうした浴室に追い炊き機能を追加しようとする場合は、浴槽と給湯器の間に配管の工事をして、お湯を循環させる必要が生じる。
この配管の工事には、マンションの躯体コンクリート部分に穴をあける工事が発生する。
躯体コンクリート部分は、共用部分に分類され、工事を行う場合は、総会の決議が必要になる。総会を開催したとても、可決されるとは限らない。
事例② 玄関ドア
マンションは、どの階に降りても同じ玄関ドアが並んでおり、認知症の方には自宅の玄関がどこか分からなくなってしまうことがある。自宅を確認しようとして、順番に各住戸のインターホンを鳴らしてしまい、他の住戸の方から苦情が寄せられることもある。鍵をかけずに少しの間だけ外出した他の住戸に上がってしまい、冷蔵庫をあけているところを帰宅した家人に発見されて警察を呼ぶ騒ぎになった例もある。玄関ドアに目印をつけたいというご相談をいただくこともあるが、玄関ドアもまた共用部分である。前述の追い炊き機能の事例と同様に、管理組合の承諾や管理規約、使用細則の改正が必要になる。
管理規約の改正時には、国土交通省マンション標準管理規約に準拠するだけでなく、マンションごとの事情によりこうしたバリアをなくす、もしくは少なくできるような管理規約、使用細則を検討することも必要であろう。
3.各ステークホルダーとの連携
認知症の方が暮らしやすいマンションを考えるには、ご本人とご家族、他の居住者、管理組合、管理会社、行政等のステークホルダー間の連携が欠かせない。各ステークホルダー間で連携がとれた事例、とれなかった事例を紹介する。
①ご本人、ご家族と管理会社との連携
事例①
認知症が疑われる居住者の方から当社のコールセンターに「天井裏に人がいる。警備員を呼んでほしい。」という入電が頻繁にあった。天井裏には配線のスペース程度しかなく、とても人間が入るような空間はない。ご家族は、当初「人がいるわけがない。」として取り合わなかったようである。
頻繁なお電話はコールセンターの業務に支障が出ることから、当社担当者がご家族とご本人とお話をすることにした。この際に「人がいる」ことを否定せず、「人がいたらどうしてほしいのか。」を確認したところ「とにかく天井裏を見てほしい。見てもらえれば人がいることが分かる。誰も自分の話を信じてくれないことが不満だ。」とのこと。
天井裏を見ることができるようにするにはどうすればよいかをご家族とともに考え、ご本人の承諾のもと天井に点検口を設置することとした。内装工事としてはそう大掛かりなもではない。
その後、ご本人が「天井裏に人がいる。」と言うときは、何回でもこの点検口を開け天井裏をご家族とともに確認することにした。ご本人も実際に中を確認することにより「今日はもういなくなったようだ。」と納得できるようになった。この点検口設置工事以降、当社のコールセンターにお電話をいただくことはなくなった。
事例②
毎日、近所に散歩に出かける居住者がいた。帰宅時間は日によってばらつきがあったようである。また、このマンションの管理員の勤務日は特定の曜日のみ週4日であった。管理員が勤務する日は、管理員が気を利かせて帰宅時にオートックの開錠を行っていた。この開錠は、管理員が厚意で行っていたものでありご家族には知らせていなかった。ある時、オートロック前で失禁している状態で別の居住者に発見される。管理員の勤務する日ではなかったため、自分でオートロックを開錠できずにその場に長時間立ち尽くし、失禁に至ったようである。
ご家族の側ではオートロックを通過して帰宅できる日もあれば、帰宅できない日もあり不可解であったという。当初は帰宅できない日と管理員勤務日の関係が不明であったが、後に管理員が開錠していたことが分かり、当社にご相談をいただいた。
管理員の勤務を毎日とするには、費用もその分かかるため、管理組合の負担も大きい。そこで、管理員勤務日以外の日にデイサービスを利用するなど、ご本人が外出できる日と管理員勤務日を重ねるよう工夫することにした。
②ご本人、ご家族と管理組合との連携
事例①
マンション敷地内の植栽部分に排泄行為がされることがあり、当初は外部からの侵入者の存在が疑われた。管理組合では防犯カメラを増設し植栽部分を撮影することにした。再度、同様の状況が発生し、理事会を開催して防犯カメラ映像の再生を行った。認知症が疑われる居住者がその行為をするところが写されていた。ご本人のご家族に連絡しその映像を確認していただく。ご家族の方はご本人を強く叱責したようである。
その後、ご本人が管理事務室を訪れるようになり、「私は犯人ではない。私は犯人にされた。」と管理員に対して抗議を繰り返すようになる。管理員の精神的負担も増加した。
この件では、解決することのないまま、ご本人がマンションから退去されて終了した。ご家族からの連絡はなく、他のご親族宅に引っ越されたか施設等に入所されたのかは不明である。
事例②
母娘で居住し、母親に認知症が疑われた。不潔行為や別の住戸のインターホンを鳴らす等の行為があり、理事会でもどのように対応したらよいか悩んでいた。理事会から娘に手紙を投函するなどしたが「認知症なので仕方がない。」「放置しておいてくれればよい。」「私も被害者である。」等の反応で、成す術がなかった。その後、どういう経緯があったのかは不明であるが、娘の側に適切な相談者が現れたようである。理事会に娘から今までのお詫びと管理組合への協力依頼があった。具体的には「母がひとりで外出しようとしていたら、呼び止めて自宅に誘導するか、管理事務室で一時保護してほしい。」というものであった。
管理会社が受託する管理員業務は管理組合から管理委託契約に基づき実施しているものであり、特定の居住者に対する特別の対応は、他の居住者から反対のご意見をいただくことも多い。
理事会で協議した結果、住戸に誘導できない場合のみ管理事務室で一時保護すること、その間は、当社が管理員業務を一時中断することを承諾すること、期限を決めた対応とすること等、一定の条件を付して協力することとした。
管理組合との連携では、ご本人とそのご家族から認知症であることをご申告いただくことが必要となる。事例①では、事前に認知症の居住者がいることが分かっていれば、防犯カメラで撮影する以外の方法があったかもしれない。事例②は認知症であることを前向きにご申告いただくことで管理組合も柔軟な対応ができるようになったものである。匿名であったり、認知症であることを隠されると解決の糸口が見つけにくくなる。自らが認知症であることを隠さなくてもよい社会になることを願うばかりである。
③管理会社と行政との連携
当社に限らず、管理会社は、外部の方の訪問があっても原則としてオートロックを開錠し建物内に入れることはない。「〇〇号室に□□さんは住んでいますか。」という問いに対しても「個人情報になりますのでお応えできません」と回答するよう管理員にも教育している。
また、警察からの依頼であって、一定の協力が求められる場合においても、令状や身分を証明するものを確認した上で、入館をしていただくこととなる。
ある行政の方から「管理会社は閉鎖的である。近隣の方から認知症の疑いがある方がいるとの通報を受け、マンションを訪問してもオートックの開錠すらしてくれない。管理員にオートロックを開錠するように指導してほしい。」というご指摘を受けた。
当社からは「そうした例外的な対応の場合は、管理員ではなく、当社にお電話いただくなりした上で、しかるべき役職者と話をするようにしてほしい。」とご回答したことがある。管理会社も会社組織であるため、管理員の判断にすべてを委ねているわけではない。しかし、近隣からの通報で切羽詰まった状況であったのかもしれない。例外対応の連絡方法等をご存じであれば、管理会社と行政の間にこうした認識の行き違いはなかったであろう。
各ステークホルダーは、その立場でそれぞれ最大限の対応をしているが、お互いの情報共有が少ないのではないかと感じる。
4.まとめ
「認知症フレンドリーな住宅とは何か」に対して答えはない。管理組合にも人的、資金的な制限があるだろうし、管理会社も利益を無視して対応することはできず、かと言ってすべてを行政に委ねることもできないだろう。
まず、ご本人の話を聞き、各ステークホルダーがそれをどのような形で実現できるのかを情報共有しながら考えるしかない。
以上